劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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どっちを最後にしようか迷ったんですがね


婚約者IFルート その19

 軍属であることを言い訳にせず、響子は毎日達也の為に料理を作っていた。早婚を求められる魔法師の中で、自分は晩婚にあたるのではないかと少し引け目を感じていたが、周りの事などどうでもよく思えるくらい、達也との生活は響子の人生を彩っていた。

 

「お帰りなさい、達也くん」

 

「ただいま戻りました。響子さんも、お疲れ様です」

 

「達也くんと比べれば、私なんて疲れたなんて言える立場じゃないわよ。午前中に軍の訓練をして、午後からは研究者として会議や実験、呼ばれれば生徒会役員として顔を出さなければいけないんだから」

 

 

 普通の高校生と比べれば、確かに達也のタイムスケジュールは厳しいものだが、達也はその生活に慣れてしまっているので、大変だとは思っていない。

 

「今はまだマシな方ですよ。四葉家からの依頼がある時は、その合間を縫って行動しなければいけませんでしたし」

 

「顧傑捕縛みたいなことかしら?」

 

「そうですね。あの時は下手に国防軍の力を借りるわけにもいきませんでしたし」

 

「USNAまで出張って来てたから、下手に私たちが関わると国際問題にまで発展するかもしれなかったもんね」

 

「まぁ、危ない橋を渡るのは何時もの事でしたし、上手い事穏便に済ませることが出来ましたから」

 

「穏便? 相手の総隊長をこちら側に加え、脅し紛いの交渉をしたことが、達也くんにとっては穏便なのね」

 

 

 面白がっているのを隠そうともしない響子に、達也は苦笑いを浮かべながら答える。

 

「消そうとすれば国ごと消せるんですから、そうしなかっただけでも穏便だと思いますがね」

 

「それもそうね。達也くんなら、それが嘘や冗談では済まないんだもんね」

 

「実行すれば、間違いなく戦争が勃発するでしょうし、そうなれば日本以外の国はすべて消え去ることになりますから」

 

「……そう考えると、随分と恐ろしい人と一緒になったのね、私って」

 

「今更ですか? なんなら、解消してもいいですけど」

 

 

 達也の冗談に、今度は響子が苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「苦労して選ばれたのに、そんなことで解消するはずないでしょ? それに、私は最初から達也くんがそういう魔法師だって知ってるんだから」

 

「一昨年の九校戦の時は、無頭竜の幹部らを消すのも見てますしね」

 

「あれは本当に恐ろしい光景だったわ」

 

 

 自分の視界から人が消える。その言葉通りの光景に、さすがの響子でも恐怖を抑えられなかったのを思い出し、身震いをしてみせた。

 

「普通の女の子、そうねぇ……光井さんだっけ? あの子が見てたらきっと吐いていたでしょうね」

 

「ほのかの前でも、人の腕を切り落としたことはありますよ。確かに、吐きそうにはなっていましたが」

 

「やっぱりそれが普通の反応よね。そう考えると、私って普通じゃないのかしら?」

 

「響子さんは、軍属であり名門藤林家の人間ですからね。そういう観点から見ても普通ではないでしょう」

 

「それに加えて、九島烈の孫娘だものね。普通じゃなくて当然か」

 

 

 笑いながら盛り付けを済ませ、響子は食卓に料理を運んだ。

 

「お待たせ」

 

「それほど待っていませんし、我慢出来ないわけではありませんので」

 

「張り合いないわね……まっ、達也くんだし仕方ないか」

 

 

 達也と食事を共にしながら、響子はある程度の諦めを感じながらも、幸せな時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事も済み、後は休むだけなのだが、達也も響子もそれぞれの端末に向かいながら作業をしていた。響子は、今日あった事を軍務日誌につける為、達也は第三課で取り上げられたアイディアを纏める為、それぞれ家でも仕事をしているのだった。

 

「ふう……こっちは終わったわ」

 

「こちらも終わりました。コーヒーでも淹れましょうか?」

 

「達也くんが?」

 

「俺だって、コーヒーくらい淹れられますよ」

 

「じゃ、お願いしようかな」

 

 

 達也の言い方が面白かったのか、響子は口元を押さえながら達也にコーヒーを頼んだ。

 

「お待たせしました」

 

「ありがと」

 

 

 達也が淹れてきたコーヒーを一口啜り、響子は達也が無理をしたわけではないことを理解した。

 

「美味しい……」

 

「この間、葉山さんに淹れ方のコツを習いまして。ちょっとズルしてますがね」

 

「ズル?」

 

「一番美味しく淹れられるタイミングを、精霊の眼で計ったのです」

 

「なるほど、達也くんにしか出来ないズルね」

 

 

 ズルであろうが何であろうが、美味しいコーヒーを飲めることには変わりないので、響子はそのズルを咎める事はしなかった。

 

「さてと、明日も早いし、そろそろ休みましょうか」

 

「響子さん、明日非番ですよね?」

 

「私はお休みでも、達也くんは朝からお出かけでしょ? お見送りしなきゃだし」

 

「前にも言いましたが、無理して俺に合わせる事はしなくてもいいんですが」

 

「そんなの嫌よ。達也くんと少しでも同じ時間を過ごす為には、達也くんより早く起きて、達也くんより遅く寝るしかないんだから」

 

「そんなことは無いと思いますが……」

 

 

 ちなみに、この家にはベッドは一つしかない。無論シングルサイズだ。新しく買うにしても、すぐに新居へ越す事になるので、新しいベッドはその時に買えばいいという結論になっているのだ。

 したがって、休むときには二人同じベッドに入るか、どちらかがソファで寝るしか方法はない。達也ははじめ、自分はソファで十分だと言ったのだが、今ではその事を口にすることは無くなった。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 

 二人して同じベッドに入り、響子は達也の腕に包まれる。狭いスペースを無駄にしないよう、二人は寝る時には密着する事になっているのだった。




婚約者IFの最後を飾るのは、もちろんあの人……

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