深雪に負けないよう、子供のころから必死になって対抗意識を燃やしていた。そして、達也の婚約者としての地位を獲得したとき、はじめて深雪に勝ったと思えた。
だが、実際同居して見て思い知らされた事だが、自分は家の事を何一つ出来ない事を痛感したのだった。
「亜夜子様、危険ですので慣れるまでは同時並行で作業をしようとしないでください」
「でも、深雪お姉さまはこれくらい簡単にやっていたではありませんか」
「深雪様と亜夜子様では年季が違います。初心者にありがちな失敗ですが、玄人の真似をしても上達はしません。まずは基礎をしっかりと覚えなければいけません」
「水波さん、何だか最近厳しいですわね」
「達也さまは主ですので、万が一の事があったら大変です。亜夜子様のお気持ちも重々承知ですが、ここはやはり無理せず少しずつ成長してもらいたいのです」
司波家に来て早々、亜夜子はキッチンを爆発させた。達也の再成が無ければ、今頃リフォーム業者の世話になっていた事だろう。亜夜子が家事をしてこなかった事は、達也も深雪も知っていたので、水波に亜夜子の講師を任せたのだった。
「しかし、水波さんも私たちと同年代なのに、あれほど家事が上手だなんて」
「私は、それが仕事でしたから。亜夜子様は家事以上にしなければならないことがお有りでしたので」
「ですが、深雪お姉さまはお稽古事などを完璧にこなしつつ、達也さんのお世話もしていたわけですし……家の事情を理由に逃げてはいけないと思いますの」
「黒羽家には使用人など、多数在籍しておりますが、達也さまと深雪様の側には使用人は居りませんでした。深雪様が達也さまの真価にお気づきになるまでは、私の叔母にあたる桜井穂波が、その桜井穂波が亡くなってからは深雪様がこの家の家事一切を仕切っていましたから」
「使用人に任せてきたつけが、今回ってきたわけですか……これは中々厳しいですわね」
正直な話、四葉家に入るのだから使用人なりHARなどを使えば、亜夜子が家事をする必要は無い。だが、今まで深雪が達也の世話をしてきたことに対する意地で、亜夜子は家事を習得すべく水波に習っているのだった。
「達也さまでしたら、ある程度の事は気にせず済ませてくださいますので、焦らず一歩ずつ行きましょう」
「必要最低限の事はしてきたつもりでしたが、最低限では全然ダメだったのですね」
水波に励まされながら、亜夜子は料理を仕上げるために奮闘したのだった。
夕食を済ませ、CADを調整してもらう為に、亜夜子は地下室に来ていた。一度見たことはあったが、何度見ても圧倒される設備に、地下室入口で立ち尽くしてしまった。
「どうかしたか?」
「いえ……達也さんは慣れているので何とも思わないのでしょうが、一般家庭にこれだけの設備が揃っていれば、普通は圧倒されるものです」
「亜夜子は一度来たことあるだろ」
「それはそうですが、やはりこの設備は凄いです」
感心してる亜夜子を促し、達也は測定の準備を済ませる。用意されたガウンを測定器のすぐ傍に置き、亜夜子は着ていた服を脱いで測定器の上に寝転んだ。
「それじゃあ、測定するよ」
「お願いしますわ……」
達也の視線に、亜夜子は顔を赤らめる。だが、今の達也からは、いつも以上に感情が伝わってこない。
「(これが、達也さんの凄さ……一切の感情を差し挟む事無く、黒羽亜夜子という個人を構成している情報を読み取って行く……エンジニアとしての完成系なのでしょうね)」
測定が終わったのか、達也は踵を返しモニターの方へ移動して行く。
「お疲れ様。服を着て良いぞ」
背中を向けながら告げられた言葉に、亜夜子はゆっくりと起き上がりガウンを羽織った。
「如何でしょうか?」
「同年代の魔法師と比べても、かなり高い魔法力だと思う。だが、まだ成長の余地はあるな」
キーボードを叩きながら淡々と告げる達也に、亜夜子は悪戯を仕掛けたい衝動に駆られた。深雪と再従姉妹であり真夜の血縁であることが窺える笑みを浮かべながら、達也の背後に迫る。
「極散の使い勝手はどうだ? 特に問題は無いか?」
「ありませんわ。達也さんにご指導いただき、達也さんが使いやすいように起動式をアレンジしてくださったお陰で、私、黒羽亜夜子は四葉家に居場所を作る事が出来ましたの」
「大げさだな。亜夜子は俺と違い、普通に魔法師としての才を持っていた。だから、俺が何かをしなくても、亜夜子は四葉家に居場所はあっただろ」
「そんなことありませんわ。力が全ての四葉家で、特に魔法力が高いわけでもない私が四葉の魔法師として活躍出来ているのは、間違いなく達也さんのお陰です。ですから、深雪お姉さまが仰られているように、黒羽亜夜子は達也さんのお陰で生きていられているのです。ですから、この身体の隅々、髪の毛一本まで、私は達也さんの物なのです」
羽織っていたガウンを脱ぎ、下着姿で達也に抱き着く亜夜子。そんな行動にも冷静に対応する達也は、やはり普通の男子高校生ではなかった。
「確かに深雪は俺が再成し、この世に定着させたが、亜夜子は自分の努力で今の地位を勝ち取ったのだろ。だから、君の全ては君自身の努力の結果だ、俺の物ではない」
「ですが!」
「もちろん、婚約者という事で言わせてもらえば、亜夜子は俺の物なのかもしれないがな」
「もう……ズルいです」
慌てさせるつもりが、あっさりと返り討ちに遭った亜夜子は、頬を膨らませそっぽを向いた。しかし、その表情は嬉しそうで、顔は真っ赤に染まっていたのだった。
深雪にライバル心剥き出しですしね