特に魔法力が優れているわけでもなく、参謀と言っても吉祥寺真紅に劣ると自覚してる香蓮は、何故自分が四葉家次期当主の婚約者に選ばれたのか、未だに考えていた。
無論、自分が希望し、四葉家の人たちが話し合い決定した事なので、文句のつけようがないが、自分より相応しい人間はいくらでもいたと思ってしまうのだった。
「また何か考え事ですか?」
「いえ……今の地位に実感が持てなくて……桜井さんは何故私が達也様の婚約者に選ばれたと思いますか?」
「私の立場では、そのような事を申し上げるわけにもいきませんし、本家の方々が決めた事にとやかく言える立場でもありませんので」
現在司波家には香蓮と水波の二人しかいない。深雪は生徒会長としてこの期間も学校に顔を出しており、達也の方も様々な用事から家を空ける事が多い。本当なら水波も護衛として学校にお供しなければならないのだが、現状深雪の周辺には四葉家の人間が護衛としてついているので、水波は留守番という形になっているのだ。
「今この家には私と桜井さんしかいません。ですので、思っている事を教えてください」
「あくまで私の意見ですが」
「お願いします」
香蓮の返事を受け、水波は思っている事を口にすることを決めた。
「魔法力だけから見れば、九十九崎様よりも他の候補者の方の方が相応しいと思いました。頭脳の面から見ても、市原様などの有力な候補者がおりました」
「ですよね……私もそれは知っています」
「ですから、ここからは私の想像になりますが、九十九崎様が選ばれた大きな理由として、達也さまが九十九崎様を気に入っているから、ではないでしょうか?」
「達也様が、私を? 私は地味で目立たない普通の女子ですよ? 愛梨のような美貌も無ければ、栞のように自分に自信を持っているわけでも、沓子のように明るく振る舞う事も出来ない、ごく普通の女子を、達也様が気に入るわけが……」
「ですから、達也さまご本人にお聞きになるのが一番だと思いますよ」
そう言い残し、水波は残っている家事を片付ける為にリビングからいなくなってしまった。一人残された香蓮は、達也が帰ってきたら理由を聞いてみようと決意し、自分も掃除をすることにしたのだった。
夕食を済ませ、香蓮は達也の部屋で過ごしていた。現状、達也と一つの部屋で生活しているのだが、香蓮はこれが嫌ではなかった。むしろ、達也が不快感を抱いているのではないかと不安に苛まれていた。
「あの、達也様……」
「何だ?」
「私なんかと同部屋で生活するの、嫌ではありませんか?」
香蓮はイマイチ自分に自信が持てないのを気にしている。だが、どうしても卑屈になってしまい、更に周りにいた人間が魔法師として高レベルに位置する少女たちだったので、その傾向に拍車がかかっていた。
「別に問題は無い。香蓮が嫌だというなら、別の部屋を用意させよう」
「い、いえ! 私は達也様と同部屋で生活出来るのが嬉しいのですが、達也様は嫌なのではないかと思ったものですから……」
「そう卑屈になる必要は無いぞ」
達也は香蓮の卑屈癖を見抜き、そう告げる。見抜かれた香蓮は驚き、そしてどうにかして卑屈さを感じさせないような笑みを浮かべる。
「何か悩みでもあるのか?」
「いえ……悩みという程ではないのですが、達也様の婚約者として、私は本当に相応しいのかどうかを考えてしまうのです」
「母上が問題ないと判断したから、こうして婚約者という関係になったんだ。それが答えでは納得出来ないのか」
四葉家の次期当主の婚約者、その地位は簡単になれるものではない。家柄や魔法力も当然だが、四葉家の人間に認められなければ意味が無い。その点だけ見れば、香蓮は達也の婚約者として相応しいと判断されたわけだ。だが、香蓮が不安に思っているのはそこではないのだ。
「愛梨や栞、沓子など、達也様に相応しい相手はいくらでもいたはずです。なのに私が選ばれたのには、何か特別な理由があったのではないかと思いまして……例えば、九十九崎家から四葉家へ何か賄賂的なものが渡されたとか」
「そんな理由で選ばれるなら、七草家が圧倒的有利だと思わないのか?」
「じゃあ、四葉家の秘密を九十九崎家が知っていて、それを伏せる代わりに私を……」
「そんな理由なら、九十九崎家を潰して終わりだ。戦力的にも、四葉にはそれが可能なんだから」
達也の言っている事は事実で、百家くらいなら四葉家の人間が一人動けば潰す事が可能だ。香蓮もその程度の事は理解してる。
「で、では……」
「何故そんなにマイナス思考なんだ?」
「だって、私のような特徴のない女が、愛梨たちに勝ったなんて信じられないんです……ですから、何か特別な理由でもあるんじゃないかと思ってしまいまして……ごめんなさい、こんな卑屈な女で……」
消え入るような声で謝る香蓮に、達也は苦笑いを浮かべる。
「特別な理由と言えるかどうか分からないが」
「やっぱりあるんですね! いったい何ですか? 私の家がやはり四葉家と取引したとか――」
「俺が香蓮の事が好きだと言う事だな」
「……はい?」
単純な理由だったがゆえに、香蓮はその事を理解するのに時間が掛かってしまった。余程の事なのだろうと思っていた彼女にとって、その答えは一切頭に無かったから仕方なかったのかもしれない。
「達也様が…私の事を……? そんなことがあり得るのですか?」
「あり得るからこそ、今香蓮がここにいるんだろ」
「……嬉しいです。こんな私を好きになってくれて、ありがとうございます」
涙を流しながらの感謝に、達也は更に苦みを増した笑みを香蓮に向けたのだった。
三高女子集団まで終わったけど、まだいるなぁ……