クラスも違うしそれほど交流があったわけではないが、無事に婚約者として選ばれたエイミィは、二人暮らしを始める前に一緒にいる事に慣れるために司波家で生活する事になった。
「今日からお世話になります!」
「しっかりと教育してあげるから、覚悟してねエイミィ?」
「深雪、なんだか怖いよ?」
「私も当然お手伝いしますので、覚悟してくださいね明智先輩」
「水波ちゃんも、笑顔が引き攣ってるよ?」
司波家で生活する、ということは、この二人を毎日相手にする事なので、エイミィは初日から二人の洗礼を浴びる事となった。
「達也さん、この家って怖いんですね」
「そうか? まぁ、深雪も水波もまだ気持ちの整理がついていないからこれだけ厳しくしてるんだろうから、時間が解決してくれると思うぞ」
「だと良いんだけどな……」
エイミィが生活する部屋は無いので、達也と同じ部屋で寝泊まりする事になっている。当然、ベッドは一つしかないのでエイミィはドキドキしながら達也のベッドに入り込んだ。
「いくら婚約者とはいえ、緊張しますね」
「俺にはその感情は分からないが、エイミィがそう思うならそれが普通なんだろうな」
「達也さん、あまり感情を表に出さないもんね。恋愛感情も、希薄だから分からないのかな?」
「さぁな。だが、エイミィとして楽しいと思えるくらいには、君の事を意識してるんだが」
素面でそのような事を言う達也に、エイミィは顔を真っ赤にして慌てて布団にもぐる。だが、そこには達也の匂いが充満しており、余計に顔を真っ赤にして飛び出したのだった。
「さっきから忙しいな、君は」
「だって! 達也さんが恥ずかしい事を平気で口にして、逃げた先には達也さんの匂いがして……心臓に悪すぎるよ」
「まぁ、明日からも深雪と水波の指導が待っているからな。今はゆっくり休んだ方が良いと思うぞ」
「そうするわ……おやすみなさい、達也さん」
思ってたより疲れていたのか、エイミィはすぐに眠りに落ちたのだった。
翌朝、深雪と水波に叩き起こされ、エイミィは朝食の準備と洗濯、お風呂の準備を並行して行っていた。
「達也さんの朝って、こんなに早かったんだ」
「お兄様はほぼ毎日朝稽古に出かけられていますので、これくらいは普通です」
「達也様のスケジュールを考えれば、私たちに起こされるまで熟睡していた明智先輩は婚約者としてどうかと思いますが」
「仕方ないじゃないのよ! 達也さんに何も聞いてなかったし、こんなに朝早く起きる事なんて無かったんだから」
「何だったら、今からでも遅くないから婚約者の地位を返上し、お兄様から離れても構わないわよ?」
「それは絶対にイヤ! 物凄い競争率を勝ち抜いて婚約者になったんだから、今更逃げだすなんてありえないもん」
虎視眈々と自分の地位を狙ってる女子が多い事は、エイミィも自覚している。そして、目の前にいる深雪もその一人であることを。
「絶対に婚約者の地位は返上しないし、達也さんにふさわしい女性として成長してみせる」
「そう簡単に行くとは思えないけど、お兄様の為に頑張るのなら手伝うわよ。ほら、よそ見してると焦げるわよ」
「深雪がよそ見させてるんでしょ!」
深雪の指摘に慌てて調理を再開するエイミィだったが、どうしても並行して作業が出来ずに深雪や水波に手伝いをさせてしまう隙が出来てしまう。二日目なので仕方ないのだろうが、それでも彼女に与える精神的ダメージは大きかった。
達也が帰宅し、朝食を済ませてから地下室で作業している間も、エイミィは深雪と水波に家事の指導を受けていた。
「ほら、まだ隅の方にほこりが残ってるわよ」
「こちらも、拭き方にムラがあるので、汚れが落ちていませんね」
「てか、四葉家の当主のお嫁さんって、こんなに家事をするものなの?」
「さぁ? 叔母様は独身ですし、その辺りは知りません」
「ですが、最低限出来なければ、達也様に恥を掻かせることに繋がるかもしれませんので、私たちがみっちり指導しているのです」
こうして、一日中深雪と水波に指導され、エイミィは達也の部屋でぐったりと倒れ込んだ。
「達也さん、私頑張ってるよね?」
「そうだな。深雪と水波の二人を相手にして、泣き言言わずにいられるのは凄いと思うぞ。他がどんな反応するか知らないから、どうとも言えないがな」
「だって、このしごきに堪えられないと、婚約者の地位も危ういんだもん。頑張るに決まってる!」
「もう決定したというのに、諦めない人が多いと聞いたからな……俺の何処がそんなに良いのか分からないがな」
「達也さん、自己評価低すぎなんだよ。一年の時、一条くんを真っ向から倒して、二年の春には民権党の神田議員を撃退し、ローゼンの社長から一目置かれた高校生が、実は四葉の次期当主だったんだから、今まで以上に達也さんに惹かれてもしょうがないと思うよ」
「そんなものか?」
達也が知る十師族の次期当主である将輝、そして現当主として克人が側にいたが、さほど二人がモテていたイメージは達也の中に無い。将輝は三高女子にモテていたのかもしれないが、達也はそれを知らないし、克人は浮ついた話題すら聞かなかった。
「とにかく、俺はエイミィを選んだんだから、周りがとやかく言う必要は無いと思ってるんだがな」
「また……そうやって嬉しい事をあっさり言うんだから」
「嫌か?」
「ううん。その言葉のお陰で、明日も頑張ろうって思える。だから、明日もお願いね」
達也の言葉を胸に、エイミィは深雪と水波の指導に耐え、立派な四葉家当主の嫁として振る舞えるようになったのだった。
深雪にどう呼ばせるか悩んでいましたが、原作の呼び方を採用しようと思います