劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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削りたいけど後々必要になる事が多くてちっとも進まない……


トーラス・シルバー

 昼休みもまだ半分くらい残っており、特にする事の無かった達也は、もっとも得意な事で時間を潰す事にした。懐からCADを取り出し、簡単なメンテナンスをするつもりだったのだが、達也が取り出したCADに興味を示してきた先輩が居た。

 

「今日はシルバーホーンを持ってきてるんですね」

 

 

 つい今まで端末に向かって唸っていたはずのあずさが、身を乗り出さんばかりの勢いで達也の方に顔を向ける。

 何となく視線を真由美の方に向けると、しょうがないと言わんばかりに肩を竦め、鈴音に向けると器用に片眉だけ動かして真由美と同様な反応を見せた。

 

「ホルスターを新調したので馴染ませようかと思いまして」

 

 

 助けてくれるつもりが無いと理解した達也は、興奮気味なあずさに付き合う事にした。

 

「見せてもらっても良いですか?」

 

 

 キラキラと目を輝かせて迫ってくるあずさを、達也は何となく小動物のようだと思いながらも暑さ対策のしっかりとされた上着を脱ぎ、ショルダーホルスターを外してあずさに渡した。

 

「(普段は避けられている……と言うか怖がられてると思ってたんだがな)」

 

 

 CAD本体だけでは無く周辺装備にも興味があるのかと思いながら、あずさの姿を眺める達也。パッと見どちらが年上か分からない光景に、生徒会室の空気はほっこりした。

 

「うわーシルバー・モデルの純正品だー。いいなぁ、このカット。抜き撃ちしやすい絶妙な曲線。高い技術力に溺れないユーザビリティへの配慮。ああ、憧れのシルバー様」

 

 

 恍惚の笑みすら浮かべかねないあずさに、達也はポーカーフェイスを保つのに苦労した。

 

「司波君もシルバー・モデルのファンなんですか? 単純に値段だと……」

 

 

 デバイスオタクの本領を発揮したあずさを見て、摩利が言っていた事は本当だったんだなと納得した達也。彼としては値段の事は気にしなくても良い事情があるのだ。

 

「実はちょっとした伝手がありまして、シルバーのモデルはモニターを兼ねて安く手に入るんですよ」

 

 

 達也の言葉に壁際で作業中の深雪の肩が大きく揺れた。だがその事に気付いたのは達也だけだった。

 

「えー! ホントですか?」

 

 

 あずさの顔一面に「いいなぁ」と書かれていて、さすがの達也も少し顔が引きつってしまった。

 

「よければ今度新商品が回ってきた時、ワンセットお譲りしましょうか?」

 

「良いんですか!? ホントに、本当に良いんですか!? 良いんですよね!?」

 

「え、えぇ……」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 何とか返事をした達也の左手を取り、ブンブンと音が聞こえるくらいに振り回すあずさ。それを見ていた真由美が少しつまらなさそうにツッコミを入れた。

 

「あーちゃん、少し落ち着いたら?」

 

「へ? ……す、スミマセン!」

 

 

 自分の行動を自覚したのか、もの凄い勢いであずさは達也から距離を取った。何度も何度も頭を下げるあずさを見て、このままでは目を回すのではないかと心配になった達也は、アイコンタクトで真由美にヘルプを求めた。

 

「あーちゃん、もうそれくらいにしたら? 達也君も何だか困ってるようだしね」

 

「ですが……」

 

 

 真由美のフォローも不発に終わり、いよいよ如何したものかと思い始めていたら、第三者のフォローが来た。

 

「中条さん、何度も謝ると気持ちが篭ってないように思われてしまいますよ」

 

「市原先輩……そうですね、司波君、本当にゴメンなさい」

 

「いえ、気にしてませんよ」

 

 

 鈴音のフォローで漸く落ち着いたあずさに、達也は少し苦めの笑みを浮かべた。そしてその顔を見てあずさは少し照れくさそうに笑った。

 

「そ、それじゃあ司波君はトーラス・シルバーがどんな人なのか知りませんか?」

 

 

 明らかに照れ隠しな質問である事は生徒会室に居る全員が気付いていたが、この質問には達也は答えにくい事情があった。

 

「……いえ、詳しい事は何も」

 

 

 達也の返答と同時に、壁際からビープ音が鳴った。深雪が使っているワークステーションの不正操作のアラームだ。

 深雪がミスした事に、真由美と鈴音が「おや?」と首を傾げたが、何事も無いように深雪が作業を続けるので深く追求はしなかった。

 

「……深雪さんがミスするなんて珍しいですね」

 

「偶々でしょう」

 

 

 達也の返答が間髪を入れずに来た事を不思議に思ったが、何か確証がある訳でも無いので元の話題に戻した。

 

「正体を隠してると言っても全て一人でやってる訳じゃ無いでしょうし、司波君の『伝手』で調べられませんか?」

 

「そう言った『伝手』じゃありませんので……それと念の為言っておきますが、秘密情報の取得に精神干渉系魔法を使うのは重罪ですからね」

 

「だ、大丈夫ですよ。それくらい分かってますから……アハ、アハハ……」

 

 

 あずさの顔に冷や汗が流れてるのを見て、念押ししておいて良かったと達也は思った。そしてずっと気になっていた事をあずさに聞く事にした。

 

「それにしても中条先輩、先輩は如何してそんなにもトーラス・シルバーの正体が気になるんですか?」

 

 

 あずさが使ってるのはシルバーモデルでもなければFLT製ですらない。だから何故気にしてるのかと達也は聞いたのだが、あずさの返答は達也の想像を超えていた。

 

「えっ? だってあのシルバーですよ! むしろ司波君は気にならないんですか!? ループキャストを世界で始めて実現したあの……」

 

 

 なにやら責められているような感覚に陥りそうになったが、何とか踏みとどまり返事をする達也。

 

「はぁ、認識不足でした。ユーザーとしては全く不満が無い訳では無かったもので、それ程高い評価を得てるとは……」

 

「そっか、司波君にとってはモニターを勤めるほどシルバーモデルに近しいので、私とは感じ方が違うのかな」

 

 

 不得要領顔ながらも納得してくれたあずさだったが、彼女の好奇心はこれで終わりでは無かった。

 

「それじゃあ司波君はトーラス・シルバーってどんな人だと思います?」

 

 

 純粋な好奇の瞳。いい加減話題を変えなければなと思いながら、達也は時間稼ぎの意味でテキトーに答えた。

 

「そうですね……意外と俺たちと同じ、日本人の青少年かもしれませんね」

 

 

 達也の答えを聞いて、再び壁際からビープ音が鳴った。深雪は今の表情を決して誰にも見せられ無いと自覚しており、背筋を伸ばして作業を続ける事にしたのだった。




あーちゃんが暴走した回でした

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