顧傑捜索の任務を終えた事を報告した将輝は、一つ大きなため息を吐いた。理由は明確で、顧傑の捜索が終了したのならば、石川へ帰らなければならないのだ。
元々転校ではなく、顧傑捜索の為の緊急措置だったのだ。休校中であろうが無かろうが、その捜索が終わったのならば、一高に通う理由はもうない。だが将輝は授業よりも気になってしまっている事があるのだ。
「司波さんに挨拶とかしなければならないし、一度くらい一緒に出掛けてみたい……」
声に出すと将輝の意識はその事でいっぱいになってしまった。無理もない、顧傑捜索の為に一高に来たのに、同じクラスに深雪がいると分かった時点で、将輝の意識の半分以上は深雪が占めていたのだ。残りを占めていた顧傑捜索が終了した事により、将輝の意識のほぼすべてが深雪で占領されてしまうのも仕方がない事である。
しかし、普段は自分から誘うのではなく誘われる事が多い将輝にとって、女子を誘って一緒に外出するという経験がほぼ無い。こんな時に彼が頼るのは一人しかいなかった。
『将輝、どうかしたのかい?』
「ジョージ、少し相談があるのだが」
『何かあったのかい? 問題は一応の解決を迎えたと聞いたけど』
顧傑がテロ首謀者であり、無事に捕縛した事は既にメディアから世間に発表されている。十師族が尽力した事も伝えられたお陰で、十師族への――ひいては魔法師への風当たりは幾分か柔らかくなっている。
「任務とかそう言った話じゃないんだが……どうすればいいのかがさっぱりでな……」
『将輝がそんなことを言ってくるなんて初めてじゃないかな? 僕で力になれるなら協力するよ』
「すまない」
将輝が唯一弱音を吐ける相手かもしれない真紅郎は、何があっても彼の味方でいてくれるだろう。将輝は真紅郎への信頼度を更に高め、今現在陥っている問題を相談する事にした。
「任務が終わり、石川に帰らなければいけなくなった」
『そうだね。お疲れさま』
「ああ。休校中だから親しくなった相手にはメールでお礼を言ったんだが、どうしても直接会ってお礼を言いたい相手がいるんだが……どうやって誘い出したらいいと思う?」
『将輝が直接お礼を言いたい相手か……普通に理由を言って誘い出せないの?』
「ジョージも知っているだろ? 司波深雪さんにはアイツがいるからな」
『アイツ? あぁ、司波達也の事か。でも、将輝が誘い出すだけで、何で彼が出て来るのさ』
「アイツは司波さんの婚約者だからな。二人きりで出かける事を容認してくれるとは思えん」
まだ正式決定はしていないとはいえ、達也が深雪の事を蔑ろにするとは将輝にも思えなかった。
『別に将輝は司波さんに危害を加えるつもりとか無いんでしょ?』
「当たり前だ!」
『なら別に、深く考えずにお世話になったお礼がしたいから一緒に何処か行きませんか? って誘えばいいと思うよ。敵意が無いと分かってもらえれば、彼も無粋な事はしないと思う』
「アイツにそんな考え方が出来るとも思えんがな」
『彼だって他の女の子と仲良くしてるんだろ? 司波さんが将輝と出かける事をとやかく言える立場ではないと思うけどね』
真紅郎の言葉に勇気を貰った将輝は、すぐに深雪へ連絡を取るためにまず達也へ通信を繋いだ。
『何か用か』
数回コール音がした後に、達也はぶっきらぼうな態度で通信に応えた。
「司波さんと少し話したいんだが、側にいるか?」
『深雪と? いったい何の用だ』
「お前には関係ないだろ。彼女に直接言うから代わってくれ」
何故かいつも達也とは喧嘩腰のような会話になってしまうと、将輝は自分の短気さを反省する。達也の方は何時も通り淡々と話しているが、どうも訝しんでいるような雰囲気が感じられた。
「石川に戻ることになったから、お礼の意味も込めて司波さんと出かけたいんだ」
『……まだ反魔法師運動が完全に収まったわけではない。その事は理解しているんだろうな?』
「当然だ! 万が一襲われたとしても、俺が身を挺して彼女を守る!」
『……深雪、一条からだ』
端末から聞こえた声に、将輝は表情を明るくした。聞こえてきたのは達也の声だったが、その内容に歓喜した。電話越しとはいえ深雪の声が聞けるのだ。
『お待たせしました、司波です』
「一条です。いきなり申し訳ありません」
『いえ。それで、どのようなご用件でしょうか』
耳元で深雪の声が聞けて、将輝は天にも昇る気持ちになっていた。だが、ここで満足しては意味が無いと自分を奮い立たせ、将輝は用件を告げる。
「顧傑捜索の任も終わり、来週には石川へ戻る事になりました」
『そうですか、お疲れさまでした』
「それで、色々お世話になったお礼として、司波さんとお出かけしたいのですが……ご都合は如何でしょうか」
断られるはずもない。断られる理由も無いと、将輝は深雪の答えを待たずにそう決めつけていた。自惚れているわけではないが、将輝は自分の容姿はそれなりにイケていると思っている。客観的な評価を受けての自信なので、将輝本人が最初からそう思っていたわけではない。
だが深雪の答えは、将輝の期待を裏切るものだった。
『申し訳ありません。本家からまだ外出の許可が下りていませんので、お出かけするのは難しいです』
「そ、そうですか……」
『ですが、護衛を一人つける事を許して下さるのでしたら可能だと思いますが』
「護衛、ですか……?」
『ええ。それでよろしいのでしたら、喜んでお付き合いさせていただきます』
将輝の中で天秤が揺れ動いたが、結論はすぐに出た。
「それでも構いません。では日時などは後程メールでお知らせしますね」
『はい、楽しみにしておりますね』
そう締めくくって、深雪は通信を切った。将輝は勇気を振り絞って誘った甲斐があったと、彼にしては珍しく飛び跳ねて喜びを表現したのだった。
男の場合は泥棒猫という表現で良いのだろうか……まぁ、盗めてませんがね