劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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台風の影響で凄い雨だ……


二手に分かれて

 午後六時。曇天の冬空はすっかり闇に染まっている。それとは対照的に、地上には人工の灯りが溢れている。

 

「顧傑が動き出しました。同行者は一名です」

 

 

 七草家配下にある魔法師の報告に、七草家長男・七草智一は一言「分かった」と頷いた。智一は今年二十七歳になる男性で、外見は父親の弘一によく似ている。魔法力は三歳年下の弟、孝次郎にこそ劣るものの真由美とほぼ同レベル。器用さでは弟や妹たちを上回る。父親のようなずるがしこさに欠ける半面、組織運営の堅実さでは既に弘一よりも上という評判だ。真面目な人柄で、弘一のような毒も無い。友人として付き合うには魅力に欠けるが、仕事のパートナーとしては信頼できる相手だ、

 

「十文字殿、連れてきた警察官に職務質問させてみますか?」

 

「……それは少々、危険ではないでしょうか」

 

 

 智一の提案を、克人はやんわりと否定する。

 

「相手が警察の指示に大人しく従うとは思えません。少数で穏便に仕掛けても反撃されて犠牲者を出すだけで、結局市街戦に繋がる恐れがあります」

 

 

 いきなり全戦力で仕掛けようと智一が言わなかったのは、後で十師族の越権行為と非難される事の無いよう配慮した結果だ。だが彼は、敵がこちらの想定を超える戦力を持っている可能性と、その場合の被害について深く考えていなかったようだ。

 

「市街戦は絶対に避けるべきと、十文字殿はお考えなのですね?」

 

「もう少し人通りが少なくなってからであれば、強行策もあり得たと思います」

 

 

 克人は自分の計算外を認めた。彼は、ターゲットが動き出すのはもっと夜が更けてからだと考えていた。

 

「七草殿。敵は相模川河口近くの漁港か、その先の新港に向かっているものと思われます」

 

「海路、脱出を目論んでいると言う事ですか」

 

「はい。テロの黒幕は密入国の際も小型貨物船を使ったと聞いています。沿海用の小さなボートで、沖合に停泊した外洋船に乗り継ぐつもりかもしれません」

 

「では捕縛隊を二手に分けませんか。一条殿と四葉殿に新港へ先回りしてもらい、十文字殿と私は警察を連れてターゲットの車を追いましょう」

 

 

 克人は智一のプランを、バランスが悪いと感じた。達也は四葉の部下を連れておらず、同行者はリーナ一人。将輝が連れてきた一条家の手勢は、既に北側の退路を塞ぐべく展開している。

 

「当家の者を一条殿と四葉殿につけます。こちらは七草殿の御一党だけになってしまいますが、それでもよろしければ」

 

 

 これは智一にとって悪い話ではない。先回り組みより追跡組のほうが、ターゲットを捕らえる可能性は高い。克人以外の全員が七草家の身内であれば、テロリスト捕縛の功績は、殆どが七草家のものとなる。七草家の面目は大いに回復されるだろう。

 

「……そうですね。異存ありません」

 

「ではそのように」

 

 

 克人は通信機を取り出して、達也と将輝を呼び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 克人から連絡を受けた達也と将輝は、バイクに跨って新港を目指した。二人の後ろには二台のセダンが随行している。

 

「ところで司波、お前その……彼女は?」

 

 

 将輝が気になるのは背後のセダンではなく、達也のバイクに跨る少女だった。深雪ではないが、将輝は彼女の事も綺麗だと感じていた。

 

「九島閣下の弟さんの孫にあたる、アンジェリーナ・クドウ・シールズさんだ。理由あって手を貸してくれるらしい」

 

「はじめまして、プリンス。アンジェリーナ・クドウ・シールズと申します」

 

「え、えぇ。一条将輝です。こちらこそはじめまして」

 

 

 ぎこちない挨拶を交わして、達也たちは再度新港へ向けて進みだす。達也より若干後ろを走る将輝には、達也の身体にしがみつくリーナの姿がはっきりと見えていた。

 

「(こいつ、司波さんという人がいながら、こんな美少女とまで。だがこいつは魔法協会が認めた『特例』だもんな。司波さん一人というわけでもないようだし……だが、どうやって知り合ったんだ?)」

 

 

 将輝はリーナが交換留学生として一高に通っていた事を知らないし、彼女があの『アンジー・シリウス』だと夢にも思っていない。だからではないが、達也とリーナの関係がどのようなものなのか想像もつかなかったのだ。

 一方で、将輝にじろじろと見られているリーナは、その不快感を達也に告げた。

 

「ねぇタツヤ、さっきの彼にじろじろと見られてるんだけど……どうにかならないかしら」

 

 

 リーナの声は、将輝には聞こえないよう配慮されたものではなかったが、バイクのエンジン音で幸いな事に将輝には聞こえなかったようだ。

 

「リーナがあまりにも綺麗だったから見とれてるんじゃないか」

 

「もう、思ってもない事を言って!」

 

 

 達也の答えに、まんざらでもない返事をして、リーナは声のトーンを改めて達也に再度問いかける。

 

「彼――プリンスはミユキにご執心なんでしょ? 何でワタシに見とれるのよ」

 

「思春期の男子はそんなものだろ。好きな相手がいようがいまいが、美少女に目がくらむんだろ」

 

「なら、タツヤもワタシに見とれるのかしら?」

 

 

 意地の悪い質問だとリーナ自身も思ったが、これくらいで動揺する達也ではなかった。

 

「そうだな。初めて見た時は驚いたよ」

 

「初めて?」

 

「初詣の時、あんなファッションでいたら誰もが興味を示すだろう」

 

「もう、そう言う事じゃないの!」

 

 

 あの時気づかれていたとは思っていなかったのか、リーナはあの時の格好を思い出し、そして恥じた。今は少しファッションにも気を遣うようになっているので、あの時の格好がいかに恥ずかしいものだったかを理解している。

 

「深雪やほのか、雫やエリカとはまた別のタイプだが、リーナも十分美少女だからな。一条が見とれるのも仕方ないだろ」

 

「……貴方ってやっぱり嫌な人ね」

 

 

 照れているのを隠す為に、リーナは悪態を吐いて誤魔化そうとしたが、達也には通用しなかった。だが達也もあえて追撃するような人の悪い事はせず、新港を目指して無言で走り続けたのだった。




将輝が普通の反応で、達也たちがおかしいんだろうな……

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