劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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魔法でもなく、暴力でもない達也の威圧感……


達也の咆哮

 達也の目には深雪たちを閉じ込めている暴漢の群れが映っている。達也はバイクをきちんと駐めてヘルメットを脱ぎ、ゆっくりと息を吐いた。そうやって気持ちを落ち着かせなければ、あの不埒者どもに対する殺意を抑えきれなくなる恐れがあった。深雪に危害を加えようと意図するなど、断じて許せることではない。その相手がそんなことを考えていると分かっただけで、消してしまいたくなる。本当に危害を加えられる可能性が認められたなら、達也は躊躇わないだろう。証拠を残さず人間を消滅させることが、彼には可能なのだから。

 たとえアンティナイトを使っても、深雪にはちょっとした不快感以上の物を与えられないと分かっているから、心のトリガーを引かずに済んでいるだけだ。水波が苦しめられているという事実は、殺意には結び付かない。

 だからと言って、年下の女の子が苦しんでいる姿を愛でるような悪趣味を、達也は持ち合わせていない。それが家族に近しい存在で『初恋の相手』に似ているなら尚更だ。彼は水波を苦しめているキャスト・ジャミングを消去すべく、分解魔法を行使した。

 

「お兄様!」

 

 

 人垣の中から、自分を呼ぶ従妹の声が聞こえた。人垣の隙間から、目を見張って驚いている深雪の顔が見え、何をそんなに驚いているのだろう、と達也は少し可笑しくなった。

 だが彼の意識はすぐに、怒りで塗りつぶされた。深雪の顔には、微かに、だが紛れもなく、恐怖と不安の表情があった。高校生の女の子が、見知らぬ男に取り囲まれ閉じ込められているのだ。力の有無に関係なく、恐れを懐くのは当然だ。達也は人垣を見据え、息を吸い込んだ。

 

「どけ!」

 

 

 達也の口から、鋭い怒声が発せられた。その声に込められた意志の強さに、男たちがよろめき、人垣が割れる。彼は今、魔法を使ってはいない。自分たちより遥かに強い生物の咆哮に、男たちの身体が心より先に反応したのだ。

 達也がまっすぐ、足早に歩いてくる。男たちの壁を掻き分ける必要すらない。誰も邪魔をしない。手を伸ばそうとさえしない。

 

「水波」

 

「はい、達也様」

 

 

 障壁の前に立ち止まり、達也が水波の名を呼ぶ。障壁を維持したまま、水波は彼の声に応えた。

 

「その障壁を張った状態で移動できるか?」

 

「可能です」

 

 

 水波にそれが可能であることは、達也も知っているはずだった。水波は達也が自分のコンディションを気遣って尋ねたのだと理解し、少し顔を赤らめた。

 

「そうか。では三人とも、そのままついて来い」

 

 

 達也が振り返り、左右を見回すと、その視線に押されて人間主義者は一歩、二歩と後退った。

 

「な、何をしている! ジャミング班、もう一度だ!」

 

 

 アンティナイトの指輪を与えられていたメンバーは、さすがに彼らの中でも選りすぐられた精鋭たちだったのだろう。リーダーの裏返った声に反応し、達也に折られた気力を奮い起こしてアンティナイトに想子を注ぎ込み、キャスト・ジャミングを放つ。だが、形がある限り、達也の「分解」からは逃れられず、ジャミング波は半秒にも満たない時間で、ただの想子波へと変わった。

 

「馬鹿な!?」

 

「怯むな! もう一度だ!」

 

 

 指輪の担い手が狼狽しているところに、狂信者のリーダーが無意味な命令を繰り返す。魔法を妨害するノイズが作用した時間は、やはり半秒にも満たなかった。

 想子の扱いに慣れていない非魔法師にとっては、有効なジャミング波を作りだすだけの想子を注入する事自体、かなりの精神集中を必要とする。ノイズを放出直後に無効化される。それを二度も繰り返されて、すぐに三度目を可能とするほど、この若者たちの練度は高くなかった。

 達也は足を止め、三人を先に進ませる。そこは既に、人間主義者が作る人垣の外だった。

 

「水波」

 

「はい、達也様」

 

「ご苦労だった。もう障壁を解いても良いぞ」

 

 

 達也の言葉に従い、水波は障壁魔法を解除する。

 

「深雪」

 

「はい、お兄様」

 

「二人を連れて学校に戻ってくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

 深雪は達也へ淑やかに一礼し、二人の下級生の背中に手を当てて一高への帰路を促す。ここにいたり、人間主義者のリーダーが我を取り戻した。

 

「な、何をしている! 同士たちよ、邪教の徒を逃がすな!」

 

 

 しかしそれは、彼らにとって不幸な結果をもたらしただけだった。達也を無視して――彼を避けて、人間主義者の群れが走り出す。しかし、三歩以上走って前に進めたものはいなかった。

 男たちの数は合計十五人。その全員が一斉に駆けだしたわけではなかった。この段階でスタートを切っていたのは三分の一の五人。そして今、二本の足で立っているのは、まだスタートを切っていなかった残る三分の二だ。

 監禁暴行未遂犯の三分の一を転倒させたのは、言うまでも無く達也の仕業だ。だがこれは、彼が魔法を使った結果ではない。

 最初の一人は、一歩を踏み出そうとしたところで鳩尾に拳を打ち込まれて悶絶した。

 二人目は二歩目を踏み出そうとして、こめかみに掌底を叩き込まれた。

 三人目は二歩目を踏み出した瞬間、首を後ろから掴まれて背後に引き倒された。

 四人目は三歩目を踏み出そうとしている最中に顎先を拳で打ち抜かれた。

 五人目は三歩目を踏み出したと同時に手首を取られ、空中を前へ一回転した上で道路に落とされた。

 流れるように繰り出された達也の技に、誰一人立ち上がるどころか起き上がる事すら出来ない。その光景を見た暴漢の親玉が、達也に身勝手な糾弾の叫びをぶつける。

 

「貴様! そんな暴力が許されると思っているのか!」

 

「女性に対する暴行を未然に防いだだけだ。そいつらが一高の女子生徒に襲いかかろうとしていたことは、街路カメラのデータが証明してくれるだろう」

 

 

 達也は敵意と挑発と嘲りで構成された笑顔でそれに答え、わざとらしく街灯に取り付けられたカメラへ目を向け、そして嘲笑の色合いを濃くした笑みを人間主義者のリーダーへ向けたのだった。




強さの次元が違い過ぎる……

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