自宅付近まで帰ってきた達也だったが、自宅の方角から物凄い険悪な雰囲気が漂ってるのを感じ取り、足取りが重くなった。
重くなったからといって、達也の中に「帰らない」という選択肢は存在しなかった。例え存在したとしても、その選択をすることは無かっただろう。
「お帰りなさいませ、達也様」
「ああ。この空気は、来客の所為だな?」
「はい……ですが、私は深雪様のガーディアンとしての立場ですので、追い返すわけにもいきませんし」
水波が泣きそうな顔で達也に訴えると、達也も顔を出すしかないかと諦めの表情を浮かべた。
「あっ、お帰りなさいませ、お兄様」
「ただいま深雪。そして、母上もお待たせして申し訳ありません」
「いいのよ別に。達也さんが忙しいのは仕方のない事だからね。でも何故、この二人もここにいるのか理由が知りたいわね」
久しぶりに達也に甘えられると思っていた真夜だったが、自分の他に二人来客がいるせいで四葉家当主としての威厳を保たなくてはいけなくなっているのだった。
「こんばんは、達也くん。私は渡すものを渡したらさっさとお暇するつもりですので、四葉家のご当主、そこまで敵意を向けないでいただきたいですわね」
「そう。藤林のお嬢さんは分かったけど、貴女は何故ここにいるのかしら? スターズ総隊長アンジー・シリウスこと、アンジェリーナ・クドウ・シールズさん?」
響子は早々に立ち去ると明言したため、真夜からの敵意を逸らす事に成功した。が、もう一人の来客、リーナは響子のように上手く躱す術を持ち合わせていなかった。
「ワタシもただ、タツヤにチョコを渡しに来ただけです。直接渡さないと、気持ちは伝わらないと思いまして」
「それだけかしら? 貴女はまだ、USNA軍を抜けたわけじゃないからあまり信用出来ないのだけども」
「少なくともワタシには、貴女方に対する妨害の意思はありません。これは誓って本当です」
現にUSNA軍と達也たちが戦ったと知った時、リーナは顔を蒼ざめたくらいだ。
「そう。なら一応信じてあげるわ。ただし、もし貴女が妨害に加担したと発覚した時は、容赦なく貴女を殺しに行きますのでそのつもりで」
真夜の目を見れば、それが冗談ではない事がリーナにも理解出来た。自分がスターズの総隊長であろうが、関係なく消しに来ると言う事がどういう意味なのか、さすがのリーナも分かっているようだった。
「つまり四葉は、ステイツと全面戦争になっても構わないと言う事ですか?」
「戦争? そんなものにはなりませんわよ。一方的に殲滅して終わりです」
「母上。あまり挑発するのは良くないと思いますよ」
「そう? 達也さんがそう言うなら止めておくわ」
さっきまでの雰囲気がウソみたいに、真夜は挑発的な雰囲気を消し去り、さっさと帰れのオーラに切り替えたのだった。
「じゃあ私から。これは国防軍にいる達也くんのファンからね。そして、こっちが私からのチョコ」
「ありがとうございます。それにしても、何故国防軍に俺のファンが?」
「九校戦に出てたでしょ? そこで見たらしいのよね」
「なるほど」
響子からのチョコを受け取り、一礼してから視線をリーナに移す。響子も九島家の血縁者として、リーナがどのような反応を見せるのか興味があるらしく、リビングにとどまったままだ。
「これ! バレンタインのチョコよ! ありがたく受け取りなさい!」
「何で投げ遣りなのよ?」
「ミユキ! 貴女の血縁者は意地悪ばかりね!」
考えていた通りにならない事に苛立ったのか、リーナはツンデレで済ませられないくらいのツンで達也にチョコを渡し、深雪に悪態を吐いて司波家から立ち去った。
「じゃあ、私もこれで失礼するわね。四葉家のご当主、後はごゆっくり」
「ええ。実に弄り甲斐のある子だったわね」
人の悪い笑みを浮かべながら、真夜は響子を見送り、視線を達也と深雪に戻した。
「あの子、本当にスターズの総隊長なのかしら?」
「間違いありませんよ、母上。俺はリーナから直接、戦略級魔法であるヘビィ・メタル・バーストを放たれましたから」
「あの吸血鬼騒ぎの時かしら?」
「ええ。その後に、バリオン・ランスのヒントとなった魔法、模造神器ブリオネイクを使用してですがね」
「相手がたっくんじゃなければ死んでるわね、そのコンボは」
周りに身内しかいなくなったので、真夜の達也に対する呼び方が普段通りになった。ミアは今リビングで作業中なので気にしなくていいし、例え聞かれたとしても誰かに伝える事も出来ないので特に意識する必要も無かった。
「それで、母上は何の用件でこちらに?」
「分かってるくせに。深雪さんの前に渡すのも失礼かとも思ったけど、深雪さんが用意してるチョコを見て、私が先に渡した方が良いと判断したのよ」
そう言って真夜は、綺麗にラッピングされた小箱を取り出し、達也に手渡した。
「料理なんてした事なかったから苦労したわ。青木さんが顔を真っ青にして止めに来たけど」
「四葉家当主が刃物を持ってたら、そりゃ青木さんもびっくりしますよ」
「あら、深雪さんは当主候補だった時から包丁を使ってたのよ? 私が持っててもいいじゃない」
「母上は料理とかしない人だと、青木さん以外の使用人も知ってますから。ましてや青木さんは母上に心酔してますからね。少しでも傷がついたら発狂しかねませんよ」
「そうなったらたっくんに治してもらうから別に良いんだけど」
本気でそう思っているらしく、真夜は青木が発狂した姿を想像して楽しんでいる。そんな真夜を、達也は少し呆れた様子で見つめていた。
「それでお兄様、七草先輩たちからチョコをいただいたのですよね? お預かりします」
「あ、あぁ……そう言えば夕歌さんとも会いましたが、あれは母上が教えたのですか?」
「もちろん。一緒にここに来させようとも思ったのだけど、夕歌さんも亜夜子さんも遠慮してしまったのよ」
深雪に、ではなく真夜にだろうと、達也と深雪は顔を見合わせて苦笑いを浮かべたのだった。
次回も真夜のターン?