劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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セリフがほとんどない……


顧傑を追って

 達也が屋上から屋内に侵入したのとほぼ同時に、灯りが回復した。だが彼に慌てた様子は無いが、あまりのんびりもしていられなかった。

 停電の時点でこちらの動きに勘付いたのか、顧傑と推測される情報体は三階の病室から非常階段を降りている最中だった。

 屋内から非常階段へ出ているのは、達也にとっても都合がいい。当直の医師と看護師を巻き込むリスクが少なくなるからだ。達也は非常口へ向かってダッシュし、一番端の病室の手前で急停止した。病室の扉を銃弾が貫き、向かい側の壁に穴を開ける。

 達也は「視界」を非常階段から隣室に切り替え、伏兵の拳銃に焦点を合わせた。拳銃を「分解」、発火の魔法式を術式解散により無効化。背後から接近するもう一体のジェネレーターが持つ拳銃をパーツにばらす。

 ドアが勢いよく開け放たれ、ジェネレーターと化した強化魔法師が襲いかかってくる。達也に向けて「人体発火」の魔法を撃ち込む。CADを使わないのは、サイキックへ先祖返りさせられた証拠。

 自分に向けられた魔法式を、達也は再び術式解散で無効化した。それと並行して、懐から抜いたナイフでジェネレーターの刃を受け止める。

 拮抗は一瞬。達也が相手をいなそうと力を抜き、それと同時にジェネレーターも後退する。相手をいなそうとした達也の思惑は不発に終わったが、敵との間に、ナイフでは届かない間合いが生まれた。達也は目の前の敵に背を向け、背後から迫るもう一体のジェネレーターに、振り向きざまナイフを投げつけた。

 達也の行動が予想外だったのか、ジェネレーターは足を止めてナイフを払った。そのせいで一瞬、達也から視線が逸れた。ジェネレーターが再び達也に目を向けた時、達也は拳銃を構えていた。サプレッサーで抑えられた、小さな銃声が漏れる。

 倒すまではいかなくとも、時間はそれで十分稼げ、達也はもう一体のジェネレーターの右手を捻り、そこへ至近距離から銃弾を撃ち込んだ。痛いと感じる心は無くとも、身体機能の低下はノイズとなって魔法の発動を阻害する。最初に倒したジェネレーターは既に身体を起こしているが、魔法発動のスピードは十分に回復していない。

 敵の魔法式を全て消し去り、達也の魔法演算領域に反撃の余力が生まれる。達也が「部分分解」を発動し、二体同時に胸に穴が空いた。

 心臓を失ってもジェネレーターは弱々しく抵抗を続けていたが、断末魔の悪足掻きもすぐに止んだ。達也は想子の活動が完全に停止したのを確認して、非常階段に向かった。

 顧傑と思われる識情報体は既に一階に降りている。達也は非常階段から飛び降り、最小限の慣性制御でダメージを殺し、救急車に乗り込もうとする顧傑へ狙いを定める。

 病院とはいえ、何故急患もいないのに救急車が止まっているのだとか、救急車が防弾耐熱仕様になっているのは何故かとか、そんな疑問は全て達也の中で棚上げされた。

 救急車から放たれたキャスト・ジャミングの想子ノイズも、彼にとっては障碍にならない。達也の前に障碍として立ちはだかったのは、続けざまに撃ち込まれたハイパワーライフルの銃弾だった。

 達也は直感的に急所を庇うが、躱しきるには至らず、最初の一弾で左腕をもぎ取られかけ、地面を転がりながら二発目の銃弾を分解する。左肩の付け根に負った傷は、地面に身を投げた空中で「再成」済みだ。

 狙撃手は、あろうことか達也と顧傑の間を遮る位置に空から降り立った――いや、落ちてきたと表現する方が相応しい勢いだ。ヘリや航空機の影はないので、人間大砲よろしく、この場に射出されたのだろう。

 

「(米軍の兵か……やはりリーナは聞かされていないのか?)」

 

 

 スターズ総隊長であるリーナがこの事を知っていたとしてもおかしくはないが、彼女は実に隠し事が下手なタイプの少女である。もしこのような事が行われるのならば、絶対に表情に出てしまっていただろう。それが無かったと言う事は、今回の件はリーナに知らせずに行われている事であると推測出来る。

 実際、座間は日米共同基地なので、この辺りに米軍の兵士がいる事自体は不思議ではない。では何故米軍の兵士が顧傑の逃亡を助けるのか。達也はその事に思い当たっていた。

 

「(USNA軍としては、日本の魔法師に顧傑を捕らえられるのはマズいと考えているのだろう。噂程度だが、軍が保管していたミサイルなどを奪ったらしいからな)」

 

 

 その事を考えながら、達也はハイパワーライフルを部品にばらし、ボディアーマーを含めた武装を強制解除する。相手が国防軍なら、達也は証拠隠滅の為に死体も残さず消し去るつもりでいたが、米軍相手というのは想定外で、どう対処するか決めていなかった。

 

「(消すのはマズいな)」

 

 

 米兵を無力化した時点で、達也はそう結論付けた。こちらも非合法活動中で、米軍から兵士を拉致られたなどと因縁をつけられては面倒な事になる。

 達也は自分が何故、武装を解かれたのか理解できずに立ちすくんでしまった米兵に銃弾を叩き込むと、ボディアーマーを分解して消し去り、ハイパワーライフルを再成で組み立て直してそこに放置した。死体から自分が使った魔法を知られない為の偽装措置だ。

 そして改めて、顧傑の姿を探す。顧傑を乗せた救急車は、既にその場を走り去っていた。達也は「視野」を広げて顧傑の現在位置を探ろうとしたが、彼は顧傑を探すことが出来なかった。

 達也の「眼」には、より優先度が高い、放置できない事態が映ったのだ。文弥と亜夜子が苦戦しているのだ。達也は視界を再従兄弟に固定し、建物の中に駆け込んだ。




消しちゃってもいい気がしますが、外交問題が発生しますからね……

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