将輝が絶望感に打ちひしがれている側で、ほのかたちは達也に質問を続けている。
「達也さんは四月から一科に転籍してこないんですか?」
「俺はあくまでも魔工技師を目指すからな。魔法力をちゃんと制御する事は、学校じゃなくても練習することは出来るし」
「でも、達也さんが魔法力を完璧に制御しちゃったら、深雪以上に近づきにくい存在になりそう」
「またまた~。雫ったらそんな思ってもない事を言っちゃって~」
雫の考えに対し、エイミィが明るくツッコミを入れる。そもそも二科生だった頃から、達也はある意味で深雪より近づきにくい存在だったのだ。それが今更、魔法力程度の理由で離れていくとも思えない。
「僕たちは元々、新人戦が縁で司波君と親しくさせてもらってるんだ。それが魔法力が増えたからって事で離れる必要は無いだろ?」
「そうだけどさ……ほら、とっかかりが難しくなりそうじゃない? だから、私たちみたいにきっかけがあった人は良いけど、これからきっかけを作りたいと思ってた人には、ちょっとハードルが高くなったかなって思っただけだよ」
「これ以上ライバルが増えるのは、正直勘弁してほしいけどね」
ほのかの言葉に、周りの女子が一斉に頷いた。彼女たちは既に、達也を独占する事は諦めている。が、これ以上ライバルが増えると、自分が達也と過ごす時間が益々少なくなってしまうので、出来る事なら増えないでほしいと願っているのだ。
「そう言えば、達也くん」
「何だ?」
「ウチのバカ兄貴がいろいろと調べてるんだけど、それもテロに関係してるの?」
「さすがに警察の情報は知らないな。そもそも、お兄さんが調べてるんだから、それとなく聞き出せばいいんじゃないか? まぁ、警察が捜査情報を漏らしたとなれば、それはそれで問題になるがな」
「そうなんだけどね……でも、ここ数日やけにテンションが高いのよね……ついに頭がイカレたのかしら」
長兄に対して酷い言い草だが、これがエリカの照れ隠しであることは、将輝以外全員が理解している。本気で嫌っているのであれば、話題に出す事すらしないだろう。
「それじゃあ、達也くんの方は? 首謀者、見つかりそう?」
「どうだろうな……手掛かりはあれど、なかなか姿を捉えることは出来てないな」
「達也さんでも、苦戦するんですね」
ほのかの零した疑問に、達也は苦笑いを浮かべた。
「俺だって普通の人間だ。何でもかんでも上手くいくわけじゃないんだ」
当然とも思える達也の返答だったが、どうやら友人たちはその言い草に納得できない様子だった。達也が首を傾げて深雪の方へ身体ごと向き返ると、深雪が少し笑いをこらえているような表情で、それでも噴き出す事はせず答えた。
「お兄様は色々と常識の範囲外の事をしてこられましたので、『普通の』というのは受け入れにくいのでしょう」
「それは酷いな」
笑いながら達也が他の女子を見回すと、少し慌てた感じと、笑いをこらえるのに必死な感じの二パターンに分かれていた。
「ちょっとすみません」
「はい、何でしょうか、一条さん」
将輝が会話に入ってきた事により、深雪の表情は完全に何時も通りの――要するに猫の皮を被った状態に戻った。だが付き合いが短い将輝には、それが作り笑顔であると見抜くだけの眼力は持ち合わせていなかった。
「今司波さん、司波の事を『お兄様』と呼びましたよね? 従兄ではなかったのですか?」
「正確には従兄妹なのですが、兄妹であった時間が長い分、簡単に呼称を変えることが出来ていないんですよ……ですから、自分の中で整理がつくまで達也さんには許可をもらっているんですよ」
「そうなのですか」
相槌を打ちながら、将輝はまだチャンスがあると勘違いしていた。深雪の中で整理がついていないのは、いきなり婚約者にさせられたことではなく、実の兄だと思っていて想いを諦めていた相手と一緒になることが出来るという幸せに対してなので、いくら将輝がアプローチを続けたとしても、彼に靡く可能性は皆無だと言えるだろう。
「深雪が『達也さん』って呼ぶの、ちょっと違和感があるもんね」
「達也さんは、深雪に名前で呼ばれるのって、どんな感じなの?」
「別にそれほど意識した事は無いな。従兄とはいえ兄には変わらないから、そのままでも俺は気にしないんだが」
「確かに、私も晴海従兄さんって呼んでるしね」
実際に従兄がいる雫からの援護射撃もあり、深雪の「お兄様」呼びは仲間内では気にされないようになっていたのだが、やはり疑ってくる人間も少なくない。
雫とほのかのように、深雪から理由を直接聞いたのなら話は別だが、そこまで踏み込める勇気がある人は、残念ながら多くは無いのだ。
「あたしはお兄様なんて呼んだことないけどね」
「エリカは『兄上』ですものね」
「にゃ!? にゃにいうのよ!」
「エリカちゃん……呂律が回ってないよ」
深雪と美月以外には知られてないはずだった秘密を暴露され、エリカは大慌てで深雪に詰め寄ろうとしたのだが、それが事実であると言っているようなものだと理解し、口だけで誤魔化そうとしたがそれも失敗した。
「やっぱり剣術の大家ってだけあって、言葉遣いには厳しいようだね」
「エリカが普段どんな喋り方をしてるのか、ちょっと興味があるかも」
「お嬢様って感じだったわよ。前にエリカのお兄様と一緒にいる所に遭遇したのだけど、とても品がある話し方だったわよ」
「だから忘れてって言ってるでしょ! あんなのあたしじゃない!」
からかうように、笑いながら暴露していく深雪に、エリカは本気でとびかかろうと思っていた。そんな二人を笑いながら眺められる他の女子たちも、将輝からすれば驚愕に値する。三高の女子は、一部を除きここまでたくましくはないのだ。
「(一色のグループみたいなのが、一高女子の基準なのか? だとするならば、九校戦で勝てないのも納得できるな……)」
愛梨みたい=負けず嫌いが大勢いるのなら、それだけ九校戦に懸ける意気込みが強いのだろうと、将輝は自分たちが勝てない理由を見つけ、一人納得するのだった。
勝手な解釈を続ける将輝であった……