生徒会での打ち合わせが終わった頃、元生徒会役員の五十里と、元風紀委員長の花音が生徒会室に顔を出した。議題を纏めたデータを覗き込んだ花音が、ボソッと本音を漏らした。
「十師族の人が、もう少し上手く動いてくれれば、私たちがこんな思いしなくてもよかったのにな」
その呟きは、十師族の縁者が多くいるこの生徒会室で言うべきことではなかったし、十師族の当主達は十分に救助活動に尽力したと言えるのだ。
達也と深雪、水波は花音の言い草に腹を立てるほど未熟ではないが、もう一人の縁者である泉美は、達也達ほど大人ではなかった。
「それはどういう意味ですか、千代田先輩」
「どういうって、もう少し救助活動を頑張ったり、負傷した人たちに見舞金を出すなりして」
「各家当主の方々も、精一杯救助活動をしましたし、被害者であることには変わらないのですよ? ましてや公職に就いているわけでもないのに見舞金など出したら、それこそ点数稼ぎだと世間から叩かれると思いますけど」
泉美の反論に、花音もヒートアップしていく。彼女は世論に踊らされているわけではないが、魔法師に対する風当たりが強くなったのは、十師族の所為だと思い込んでいるのだ。
「あたしたち普通の魔法師まで巻き込むのは止めてもらいたかったわね」
「普通のって、千代田先輩は数字付きじゃないですか! 十師族や師補十八家と大して変わりませんよ」
「テロの標的になるような恨みを買う事は無いわよ。それこそ、十師族が誰かに恨まれてたから今回のような事件が起こったんでしょ? だったらやっぱり十師族の所為じゃない!」
「標的になったからといって、恨まれていたとも限らないじゃないですか! ましてや起こしたのではなく巻き込まれたのですから、十師族の当主の方々も他の被害者と大して変わらないと思いますけどね」
「あんたね!」
泉美の言い方が気に入らなかったのか、花音が思わず手を上げる。さすがにマズいと判断したのか、花音は五十里が、泉美は達也が抑えることにした。
「啓、離して!」
「司波先輩、離してください!」
五十里は花音の上げた手を、達也は泉美の肩を掴み、それぞれを引っ張る。五十里は力的に痛みを与えるほどではないし、達也は絶妙な力加減で泉美に痛みを感じさせる事無く距離を取らせた。
「花音、いくら何でもそれは言い過ぎだよ。七草さんも言ったように、十師族の当主は公職に就いているわけではないのだし、あれ以上救助活動をしていたら、今度は自分たちの身が危険になってしまう。消防隊員だって、自らの命を顧みず救助活動に向かうのは勇気がいることなんだ。ましてやそれは義務じゃない。それなのに『無事は保証できないが、命を賭して救助するのがお前の義務だ』なんて周りが言うのはおかしいと思わないか?」
「それは……」
婚約者の言葉に、花音は頭に血が上っていた事に気が付いたようで、しょんぼりと肩を落とす。一方の泉美も、達也に諭され自分が興奮していたことに気付いたようだった。
「千代田先輩、申し訳ありませんでした」
「こっちこそゴメン……七草さんのお父さんも巻き込まれた側なのに、あんなこと言って……」
「いえ、千代田先輩の考え方が、世間一般になりつつあると分かっているから、私も思わずヒートアップしてしまいました……」
二人揃ってしょんぼりと謝り合う姿を見て、達也と五十里は揃って苦笑いを浮かべ肩を竦めた。
「司波先輩、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。五十里先輩も」
「いや、僕は花音を止める立場だしね」
「さすがに手を上げたのはやり過ぎだって反省してるわよ……本当にごめんなさい」
その手を振り下ろす前に止められたから良かったものの、振り下ろしていたら別の問題が発生していたと、花音も自覚しているようだった。
「それにしても、千代田先輩が反魔法師思考に毒されているとは意外ですね」
「友達がちょっと襲われかけたのよ……だからつい『これも十師族がテロの標的になんてなったから』って思っちゃったのよ。悪いのはテロリストだって分かってるんだけど、どうしても目に見えない相手より目に見える相手に憎悪を向けちゃうのよ」
「それも仕方ない事でしょうね。首謀者が分からない以上、代わりに憎悪を向ける相手を欲するのは」
達也の言葉に、泉美がまたムッとしかけたが、彼の背後にいる深雪が笑みを向けている事に気付き自重した。達也に逆らう事はあっても、深雪に逆らう事はしないのだ。
「そう言えば司波君はテロ首謀者の捜索に加わるんだよね?」
「よくご存じですね。十文字先輩や、七草家の智一さんは公に発表されていますが、俺はそうじゃないんですが」
「これでも数字付きだからね。それなりの情報網はあるよ」
「そうでしたか」
五十里が言った情報網がどの程度のものなのか、達也は少し気になったが詮索はしなかった。したところで言うとは思えなかったのもあるが、下手に藪をつついて余計な敵を増やす必要は無いと思ったのが大きかった。
「そう言えば泉美、今日は七宝が来てなかったとか言ってなかったか?」
「えっ? ええ……私も香澄ちゃんから聞いただけですから詳しい事は分かりませんが、お家の事情だとかで」
「家の都合、ねぇ……」
七宝家は十師族になりたてで、それなりに忙しいのは達也にも理解出来ていたが、わざわざ息子を休ませてまでさせる仕事があるとは思えなかった。
そこで達也はふと、昨年の春に、琢磨を使って何かをしようとした小和村真紀の顔を思い出した。
「(そう言えば彼女は、マスコミに繋がりがあったな……マスコミ操作は七草家がやるものだと思っていたが、七宝が独断で動いているのか?)」
急に黙り込んだ達也に、生徒会室にいた面々は首を傾げたが、結局達也に何かを聞く勇気がある者は一人もいなかったのだった。
裏で頑張る噛ませ犬……十師族として頑張ってもらおう