劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あのセリフがある以上、水波は厳しいな……


水波の気持ち

 真由美たちと別れ帰宅した後、達也は真夜に連絡を取るために部屋に篭ってしまった。会話の内容が気になる深雪だったが、盗み聞きをするようなはしたない事は出来ないように躾けられている為に、リビングでもやもやした気分で過ごしていた。

 

「深雪様、ロイヤルミルクティーでございます」

 

「ありがとう、水波ちゃん。でも、そこまでイライラしては無いのだけど」

 

「いえ、お疲れの様子でしたので、少し甘めのものをお持ちしたのですが」

 

「あら、そうだったの。わざわざありがとうね」

 

 

 水波の好意を素直に受け取り、深雪はミルクティーを啜った。達也の事を考えないよう、別の事を考えようとして、深雪はふと水波に視線を固定して何かを考え始めた。

 

「あの、深雪様?」

 

「水波ちゃんは、お兄様の婚約者に立候補しないのかしら?」

 

「な、なにを言ってるんですか!」

 

 

 普段の冷静さを一瞬で失くし、水波は慌てて深雪に向けて詰め寄ろうとして、礼儀に欠く行為だと思い止まり手を左右に振るだけにとどめた。

 

「だって、水波ちゃんもお兄様の事を想っているのでしょう? だったら立候補するくらい問題ないと思うのだけども」

 

「真夜様が仰られたように、本家のご当主となる達也様の妻として、調整体である私はふさわしくないのですよ。深雪様のように、完全調整体と評されるならまだしも、私は普通の調整体ですから」

 

 

 深雪が完全調整体であることは、水波も聞かされていた。だが水波は、深雪が自分と同じだとは全く思っていなかった。

 

「お兄様の心には、恐らくまだ穂波さんがいると思うのよ。水波ちゃんが代わりになれるとは、私も思ってないし、穂波さんの代わりだとも思ってない。でも、少しは水波ちゃんが癒せると思うのよ。私たちの誰でもない、水波ちゃんにしか癒せない傷だと思うのよ」

 

「……達也様はとてもお強い方です。私がいなくても、ご自身でその傷も癒すことが出来ると思います。心の傷は再成出来ないのは存じておりますが、魔法が無くても、達也様なら大丈夫だと信じております」

 

「じゃあ、叔母様が水波ちゃんもOKと言っても、立候補はしないのね?」

 

「いえ、ご当主様のお許しが出るのでしたら、喜んで立候補させていただきます」

 

 

 使用人としての心得を弁えているのだが、当主が問題ないと判断するのであれば、水波も達也の婚約者候補に立候補するつもりはあるのだ。

 

「それじゃあ、今度叔母様に聞いてみようかしら。水波ちゃんもお兄様に懸想していますって」

 

「真夜様は、私の気持ちにも当然気付いております。なので、問題なければとっくに私にもチャンスをくださってると思うのです。ですから、深雪様のお気持ちはありがたいのですが、結果は見えているのです」

 

 

 そう言って水波は一礼し、リビングへと消えていった。残された深雪は、水波が淹れてくれたミルクティーを啜りながら、真夜ならどう判断するか考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也から連絡を貰った真夜は、上機嫌で私室でハーブティーを飲んでいた。

 

「奥様、達也殿はどのようなご用件で」

 

「七草家が保護している元USNA軍の女性を、四葉で保護出来ないかと」

 

「元USNA軍の女性と申されますと、パラサイト事件で吸血鬼化した、ミカエラ・ホンゴウですな」

 

「ええ、その彼女よ。たっくんの言い分だと、七草家当主がその彼女を利用して、アンジェリーナ・クドウ・シールズと自分を引き合わせようとしてるようなのよね。そのついで――いえ、こっちが恐らく本命なのでしょうけども、七草家のご息女とも引き合わせようとしてるみたいなの」

 

「七草殿は、どうしても達也殿と真由美殿を結ばせたいようですからな」

 

「その上、深雪さんを一条家の跡取り息子とくっつけようと動いてるんだから、ホント性格が悪いわよね」

 

 

 弘一の顔を思い浮かべたのか、真夜が表情を苦々しげに歪ませた。

 

「奥様、一条家からの申し出は、何時頃お断りになさるおつもりで?」

 

「取り合う必要が無いのだから、放っておいても構わないのだけどもね。それじゃあ一条殿の顔が立ちませんので、来たるべき時に処理します」

 

「畏まりましてございます。では、崑崙方院の生き残りの件は、USNA軍が動いていることを隠しながら他家の耳に入るようにしておきます」

 

「お願いね。ああ、その件は青木さんたちに任せて、葉山さんには別の事をお願いしたいのだけど」

 

 

 そう真夜が切り出すと、葉山は恭しく一礼して主の言葉を待った。その葉山の態度に、真夜は見るものを魅了する笑みを浮かべた。

 

「弘一さんの情報を、師族会議までに出来るだけ多く集めてもらいたいのだけど」

 

「七草殿の情報ですか? 周公瑾と繋がっていた事や、人間主義者を裏で煽っていた事だけでは物足りないのですかな?」

 

「それだけでも十分だけど、一条殿を味方につけるにはちょっと弱い気がするのよね」

 

「左様ですか……でしたら、一条殿も奥様に味方せざるを得ない状況を作ればよろしいと存じます。ストッパーの二木殿が奥様の味方になられたら、自ずと他家も奥様の意見を支持なさると思いますよ」

 

「なるほど……さすが葉山さんね。相談して良かったわ」

 

「勿体なきお言葉」

 

 

 妖艶な笑みを浮かべる真夜を前にしても、顔色一つ変えずに恭しく一礼する葉山。これが青木なら飛び上がって喜ぶだろうが、そこは執事としての心得なのだろう。

 葉山が退室して、真夜は部屋で一人、どのような流れで二木舞衣を味方にするかを考え始めた。今のままでも十分勝算はあるのだが、より確率を上げるために、真夜は弘一の裏工作をどの順番で暴き出すかシミュレーションするのだった。




師族会議に向けて、裏で動く真夜……

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