劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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軍人ではなく一人の少女として


リーナの思惑

 リーナの告白を扉の向こう側で聞いていた水波は、思わず音をたてそうになったが、そこはメイドとしての意地で音を鳴らすことは無かった。だが動揺した所為で気配が漏れ、リーナに存在を気づかれてしまったのだった。

 

「水波、入って来い」

 

 

 リーナに気付かれたと達也も理解したので、彼は水波に中に入ってくるように言いつけた。水波の主はあくまで深雪だが、その主より地位の高い達也に命じられたら、彼女は逆らう事が出来なかったのだった。

 扉を開け、一礼してから三人の前に飲み物を置き、自分は深雪の背後に控えるために立ち上がったのだが、達也は水波にも飲み物を用意するように命じ、深雪の隣に腰を下ろすように指示した。

 

「それで、崑崙方院の生き残りが日本でテロを企てているというのは、間違いない情報なんだな?」

 

「貴方も別の七賢人から聞いたんでしょ? USNA軍の廃棄予定だった兵器が盗み出されているのも確かのようだし、情報は正しいと我々は判断したわ」

 

「それでわざわざスターズの総隊長殿が日本まで?」

 

「その言い方、嫌味にしか聞こえないんだけど?」

 

 

 軽口を交わしあう達也とリーナを見て、水波はこの二人の関係が気になってしまった。真夜から聞かされていたアンジェリーナ・クドウ・シールズの印象は、隠し事が下手で負けず嫌いで意地っ張りのはずだが、実際に受けた印象は、達也に完全に心を開いており、隠し事をしようとしてる感じも無かったのだ。

 

「君一人で動いているわけではないのだろう? 君が囮で、本命は日本の領海付近で隙を窺っているとか」

 

「何でそこまで分かるのっ!? ……あっ」

 

 

 達也の言葉に驚き、つい口を滑らせてしまったリーナだが、達也の顔を見てカマを掛けられたのだと理解し、慌てて口を押さえた。だがもう既に情報は達也の耳に入ってしまっているので、その行為には何の意味も無かった。

 

「相変わらず隠し事が下手なようだな」

 

「貴方って、相変わらず嫌な人ね……全て知っててからかってるんでしょ?」

 

「そんなことは無いが、君が本命だとしたら、あまりにも稚拙過ぎると考えただけだ。USNA軍スターズ総隊長、アンジー・シリウスが自分を捕まえに来たと知ったら、その崑崙方院の生き残りが動くはずもないからな。テロを防ぐ意味では効果的かもしれないが、君たちはその生き残りを捕縛、ないしは殺害したいのだろ?」

 

「……降参。やっぱりタツヤには全てお見通しなのね」

 

 

 素直に両手を上げ降参のジャスチャーを見せるリーナを見て、深雪はおかしそうに笑う口を押さえた。その仕草を見たリーナは、頬を膨らませて深雪に抗議する。

 

「ミユキ、何がそんなに可笑しいのかしら?」

 

「だって、久しぶりに会っても、相変わらずリーナはリーナなんだなって思うと、可笑しくてたまらないのよ」

 

「……一年くらいでそんな簡単に成長しないわよ。戦闘と違って心理戦は、数をこなしてどうにかなるものでもないでしょ? タツヤのように性格が悪い方が有利なんだから」

 

「お兄様相手なら、叔母様だって負けるんだもの。リーナがいくら場数をこなしても無理よ」

 

 

 一通り笑ってから、深雪は表情を改めた。それにつられるようにして、リーナも表情を改め、更に居住まいを正した。

 

「タツヤが言い当てたように、ワタシはあくまで囮。でも、婚約の件は本当だから、それだけは信じてほしい」

 

「母上からそれも聞いている。婚約者候補として、九島家の別邸を拠点に数週間から一ヶ月日本に滞在すると言う事もな」

 

「四葉家の当主って、いったいどんな情報網も持っているのかしら? その事はUSNA軍の中でも限られた人間にしか伝えられてないのよ?」

 

「さぁな。母上の草がどこに潜んでいるのか、俺にも分からん」

 

「草って……タツヤ、表現が古くないかしら? っと、アナタは忍者マスターの弟子だから、別におかしくは無いのかしら」

 

「現代風にスパイと言っても良いが、意味は同じだからな」

 

 

 リーナが八雲の事を覚えていた事を、達也はちっとも意外とは思わなかった。昨年のパラサイト騒動の時に、リーナは八雲と対面していて、あまつさえ自分が追い詰められた時にその場にいたのだから、覚えていない方がおかしいのだ。

 

「とにかく、ワタシはタツヤの婚約者候補として日本にいる事になってるの。会う事は無いと思うけど、ホノカたちに聞かれても、そう答えてよね」

 

「リーナが動き回らなければ、会う事は無いんだ。わざわざ言う必要も無いだろう」

 

 

 達也の返答に、リーナは少し顔を背けた。それだけで達也は、リーナが彼女たちに会う可能性があることを察した。

 

「ミア……覚えてるわよね」

 

「ああ。パラサイトに取りつかれていた、君の知り合いだろ。彼女がどうかしたのか?」

 

「ミアと会おうと思ってるんだけど、七草家が指定した場所が一高のすぐ側なのよね。だから、一高の生徒と鉢合わせする可能性も捨てきれないの。だから、万が一ワタシが日本にいるって知られたら、さっきの理由で誤魔化してもらいたいの」

 

「普通にミカエラ・ホンゴウに会いに来たじゃダメなのか? リーナの正体を知っている人間は、口が軽い訳じゃないんだから、心配し過ぎのような気もするんだが」

 

 

 達也の指摘はもっともだが、リーナには別の思惑があったのだ。その事に感付いた深雪は、リーナに近づき耳元で囁いた。

 

「リーナは婚約者だけじゃなくって、本妻の地位も狙っているのね。だから他の候補者に牽制する意味も込めてそう言ってほしいんでしょう?」

 

「ち、違うわよ! あくまでも任務がしやすいようにって!」

 

「そんなにムキになって、ますます怪しいわよ」

 

 

 深雪に一本取られた気分になったリーナは、俯き唇をかみしめる。この兄妹には一生かかっても勝てないと理解出来てしまうから、余計に悔しいのだろう。




ここでも七草の思惑が……

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