劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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勉強会

 昼食時に生徒会室に向かうのは、今や恒例になってきている。深雪と昼食を共に出来る数少ない場所なので、達也も気兼ねなく訪れているのだが、本来なら達也は生徒会室の住人では無いのだ。だが、誰一人その事を指摘しないのは、同じく住人ではない摩利が堂々と居座っているからなのだろう。

 

「そう言えばそろそろ試験よね。達也君と深雪さんは大丈夫かしら?」

 

「問題ありません」

 

「俺も実技以外は平気ですかね」

 

 

 真由美の何気無い質問に、兄妹はほぼ同時に答えた。相変わらずの息ピッタリさに、真由美も苦笑いを浮かべた。

 

「そう言えば達也君、噂で聞いたんだけど剣道部のOGから告白されたって本当?」

 

「誰ですか、そんなデマを流すのは……」

 

 

 ブランシュの一件の時も、紗耶香に告白されたと言うデマが広まった事のある達也としては、噂の出所を突き止めたかったのだろう。

 

「何か達也君の周りに剣道部の女子が大勢群がってるって聞いたからさ」

 

「あれは純粋な指導です。不純な気持ちで臨んでる人は居ないと思いますよ」

 

「そうかな? 君は相変わらず鈍いようだな」

 

「委員長、あまり行儀がよろしくないので、箸を咥えるのは止めた方が良いですよ」

 

「おっとすまない」

 

 

 少しも悪びれた様子の無い摩利を見て、達也はため息を吐きたくなったが、何とか堪えて首を左右に振るだけに止めたが、その途中で自分をジッと見てきている視線に気付いた。

 

「中条先輩、何か用でしょうか?」

 

「へ? い、いえ違います! 司波君は何でも出来るんだな~って思ってただけですから」

 

「何でもは出来ませんよ。俺が出来るのは俺が出来る事だけですから」

 

「でも司波君なら初めての事でも難なくこなしそうですけど……」

 

「それは過大評価し過ぎですね。俺にだって苦手はありますよ」

 

 

 そう言って達也は自分の左胸を指差す。第一高校に通ってるものなら達也が意図した事を理解出来ない人は居ないだろう。

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

「別に中条先輩が謝る必要は無いんですがね。完璧な人間など居ないと言う事です」

 

 

 達也はそう纏めて残ってたお茶を飲み干した。

 

「そうだ達也君、テストが終わったら少し頼みたい事があるのだが良いかな?」

 

「委員会の事ですか?」

 

「ああ、引継ぎの資料を作らなきゃいけないのだが、知っての通り私はそう言った作業が苦手でな……」

 

「分かりました。試験が終わったら手伝いましょう」

 

「助かる」

 

 

 風紀委員の事務作業の殆どを引き受けている(させられている?)達也としては、こうやって直接頼まれるのは珍しいなと感じていたのだ。

 

「それじゃあ俺はそろそろ教室に戻ります。深雪、行くぞ」

 

「はい、お兄様」

 

「そうそう、今日から生徒会も試験休みだからね」

 

「分かりました」

 

 

 元々知っていた事だが、会長自ら教えてくれたので、深雪は丁寧な返事をして生徒会室から退出した。

 

「さて、あの兄妹がどんな成績を叩き出すのか楽しみだな」

 

「摩利、その前に自分の事を考えなきゃダメでしょ。風紀委員の事務作業を達也君に放り投げてるんでしょ?」

 

「仕方ないだろ! 苦手なんだから……」

 

「達也君が風紀委員を辞めたら如何するのよ」

 

「怖い事言うな! アイツに抜けられたら風紀委員の事務作業は滞るぞ」

 

 

 ダメダメな事を胸を張って言う摩利を見て、真由美は盛大にため息を吐いた。これじゃあ達也を何処かに連れて行こうと計画している真由美の案が実行出来るのは当分先だと思い知ったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、一科生の教室だと居心地が悪いので、達也たちの教室である1-Eに集まった深雪たち一科生と、それを待っていた達也たち二科生は、初対面の人も居るので簡単な挨拶を交わした。

 

「それじゃあ早速勉強する訳だが、分からない箇所を教えあう形で良いんだな?」

 

「それが一番だと思います。誰かが教えるのなら授業とさほど変りませんし」

 

「アタシたちは普段から教えあってるしね~。先生が居ないからそう言った事し放題だし」

 

「……だからって殆どを人に聞いてくるのはダメだろ。美月が困ってたぞ」

 

「ふぇ!? べ、別に私は困っては無いですよ! ただちょっとエリカちゃんの成績が心配なだけで……」

 

「だ、大丈夫よ! 本番には強いから、アタシ」

 

 

 美月のフォローになってないフォローにたじろぐエリカを見て、一科生たちは揃って笑みを浮かべたのだがすぐに表情を改めた。

 

「それじゃあとりあえず始めようか。分からない箇所は遠慮無く分かりそうな人に聞く事。分からないままにしておくのが一番駄目だからな」

 

 

 達也の一声で全員が一斉に勉強を始める。皆そこまで成績が悪い訳でも無く、むしろ成績優秀者の方がこの場には多いのだが……

 

「なぁ達也、これって如何言う意味だ?」

 

「ゴメン達也君、此処教えて」

 

「達也さん、私も教えて欲しい箇所があるのですが……」

 

「お兄様、此処は如何すれば良いのでしょうか?」

 

「達也さん、此処教えて」

 

「達也さん、この箇所なのですが……」

 

「お兄さん、これって如何いう意味?」

 

 

 全員が質問するのは達也だった……噂の範囲で本人は認めてないのだが、入試成績が流出したようで、達也が筆記試験ぶっちぎりのトップだった事はこの場に居る全員が知っているのだ。

 二科生であるレオやエリカや美月なら兎も角、一科生の深雪たちまで達也に質問してくるとは達也自身も思って無かった事だったのだ。

 

「深雪、悪いが北山さんと光井さんの質問はお前が答えてやってくれ。レオとエリカの方の説明は時間がかかる」

 

「分かりました」

 

「あの、達也さん」

 

「ん?」

 

「私の事は『ほのか』で良いですよ!」

 

「うん、私も『雫』で良い」

 

 

 前々から熱心にお願いされているのだが、達也としてはそう簡単に名前で呼んで良いものかと戸惑っているのだ。同じ二科生であるエリカや美月なら兎も角として、一科生である彼女らを名前で呼ぶのは、同じ一科生から彼女らが奇異の目で見られるのでは無いかと危惧しているのだ。

 

「駄目ですか?」

 

「………」

 

 

 泣きそうな目で達也を見てくるほのかと、無言でプレッシャーを与えてくる雫に根負けして、達也は二人を名前で呼ぶ事にしたのだった。

 

「それじゃあ私はエイミィで良いよ、お兄さん」

 

「……同じ一年なんだからお兄さんは止めてくれ」

 

「それじゃあ達也さん?」

 

「それで構わない」

 

「じゃあ今度は達也さんの番」

 

「?」

 

「エイミィ」

 

「ああ、分かった。それじゃあ深雪、エイミィの質問もお前に任せる」

 

「畏まりました」

 

 

 こうして勉強会を通じて一科生と二科生の間の壁は取り除かれ、次の質問では達也が一科生に、深雪が二科生に答えていくのだが、深雪の質問に答えられるのは毎回達也だけだったのだった……


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