帰宅後、達也は四葉家へ連絡を入れた。前までとは違い、真夜への直通回線を使ったので、使用人と顔を合わせる心配も無くなったのだ。
『おまたせ、たっくん。何かあったの？』
「本日、百山校長から呼び出しがありました」
『ああ、その事ならこちらにも、厳重な抗議があったわ。まぁ、軽くあしらっておいたけど』
真夜の反応に、達也は百山に同情した。彼としては教育者として当然の行動だったのだろうが、十師族の頂点とも言われる四葉家の当主に何を言っても無駄なのだ。
『そうそう、たっくんだけじゃなくって、深雪さんにも婚約の申し込みがあったのだけど、どうしたらいい？』
「お断りください！」
「深雪、せめて相手の名を聞いてからにしろ」
それまでは達也の後ろに控えていた深雪が、真夜相手だと言う事も忘れて喰ってかかった。それだけ深雪にとって達也との婚約の弊害となりうるものは受け入れられないのだ。
『深雪さんの気持ちも分からないでもないけどね。お相手は一条家の跡取りよ』
「しかし母上、深雪は俺の婚約者候補だと発表したのですよね？ 兄妹ではなく従兄妹であるのも同時に発表したのですから、一条家が考え無しに横槍を入れてくるとは思えません」
『さすがたっくんね。一条家の言い分は、従兄妹だろうが近親の婚姻は避けるべきだと。優秀な遺伝子を持つ者は国の宝であり、遺伝子異常で次世代に継承されないのを避けるべきだと』
「従兄妹同士は婚姻を認められている親等のはずです。国に認められた婚姻を、十師族であろうが他所が口出しできる問題ではないと思うのですが」
『たっくんに一色の令嬢が婚姻を申し込んできてるんだけど、彼女は一条家の婚約者候補でもあったのよね。それが破談になり、一色家は六本木家とのお見合いを仕組んだのだけど、それも破談。一色家としては六本木家以上の家との婚姻を急ぎ、一条としても深雪さんなら一色の愛梨さんに劣らない魔法力だと判断したのでしょう。第一研の思惑など、無視してもいいのだけども、九島閣下や七草家からも二人の婚約は考え直してほしいと言われてるのよね』
一色家と六本木家のお見合いを潰すのに一役買っている達也は、真夜があてつけてきているのではないかと勘ぐったが、どうやら違ったらしい。しかし七草家は兎も角、九島家まで異議を申し出てきているというのは、裏でつながっているのではないかと疑いたくなるものだった。
「母上、九島と七草と一条では、どの家が謀略にたけていますか？」
『謀略なら七草家でしょうね。現当主の弘一さんは、そういうのが好きみたいだから』
「一条家の後押しという形で、母上に嫌がらせをしている可能性は考えられませんか？」
達也の指摘に、真夜は少し考えて口を開いた。
『弘一さんならありえるかもしれないわね。娘さんをたっくんのお嫁さんにして、深雪さんを一条家に嫁がせることが出来れば、七草家は四葉とも一条とも親戚関係になるものね。十師族の地位を安泰にすることが可能でしょう』
「やはり裏で手を引いているのは七草家と言う事ですか」
『決めつけはよくないけど、老師でないのなら弘一さんでしょう。あの人は私に対抗意識を抱いてるようですし』
「叔母様、それで一条家の申し出は断ったのでしょうか？」
深雪が心配そうに割って入ると、真夜は笑顔を浮かべる。その笑みは何か企んでいるように思えた達也は、真夜の考えを推理した。
「今断ったら悪者はこちらになる。だから母上は来るべき時まで返事を引き延ばしているのでは？」
『さすがたっくん。思惑はどうあれ、たっくんと深雪さんが結婚するより、一条の跡取りと深雪さんが結婚したほうが、世間からは祝福されるもの。それを断れば四葉家の立場が危うくなります。いくら切り札が何枚もあるとはいえ、波風を立てるのは避けるべきでしょうからね』
「では叔母様、私は一条さんと婚約させられるのでしょうか？」
『大丈夫よ。来るべき時に、ちゃんとお断りしますから』
真夜の答えに、深雪は安堵した。中学一年の夏休み以降から抱いている夢がもう少しで叶うかもしれないという時に邪魔をされたのでは、深雪でなくても怒るし不安になるだろう、と達也は全く別の事を考えていた。
『だいたい、一条の跡取りは、能力を制限されたたっくんに真っ向から負けてるんだから、少しは大人しくしてればいいのに』
「相手がお兄様で無ければ、一条さんは人殺しですからね」
そもそも自分が相手じゃなければ、将輝はあのようなオーバーアタックをすることも無かったのではないか、というツッコミは、達也の心の中でのみ行われた。これは驕りとかではなく、客観的事実だと誰もが思うだろうが、今の二人にはこのツッコミも意味をなさないと理解していたからだ。
『そうそう、来年からたっくんを一科生にしてはどうかって、百山校長から抗議のついでに提案を受けたのだけど』
「俺は魔工科生のままで結構です。あまり目立って、余計な事まで知られるのは避けた方が良いでしょうし」
『それもそうね。たっくんの特異魔法は知られたら四葉家の数字剥奪じゃすまないかもしれないものね』
それこそ七草弘一に証拠を掴まれでもすれば、たちまち四葉家の立場は危うくなる。だから達也が戦略級魔法師であることも、特異魔法の『分解』と『再成』も公表していないのだ。
『分かりました。たっくんは引き続き魔工科生として高校生活を過ごしてください。深雪さんの婚約の件は、こちらで止めておきますから』
「お願いします」
達也が一礼したのを満足そうに見つめ、真夜はヴィジホンを切った。画面が完全に暗くなったのを確認してから、横に控えていた水波が二人分の紅茶を持って現れたのだった。
変なところで真夜と深雪が意気投合……