一月八日、新学期初日。達也たち三人はいつもより三十分早く登校した。始業式の類のセレモニーがあるわけではない。三人とも生徒会役員だが、新学期で特別な行事の準備があるから早めに登校したと言うわけではなかった。
早朝登校の理由は、学校からの呼び出しだ。昨日、始業前に話をしたいから校長室へ来るようにという呼び出しメールが、達也と深雪宛に届いたのだ。電子メールが届いたのが昨日の正午過ぎ。深雪は家にいたが、達也はFLTに出社中だったので、この呼出について二人が話し合ったのは夕食後の事だった、むろん、結論はすぐに出たが。
達也と深雪の前には教頭の八百坂、そしてその奥には重厚なデスクを挟んで、校長の百山東が腰を掛けている。
「それでは、意図的に虚偽の届け出をしたのではないと言うのですね?」
「はい。戸籍でも実子となっておりましたので、自分はそれを信じておりました」
百山がかすかに眉を顰めたのは、軍隊調の言葉遣いが気に障ったのか、それとも自分を前にしてまるで緊張した様子が無い態度を不遜と感じたのか。校長の不機嫌を敏感に察知した八百坂が、少しオロオロした態度で達也に質問を続ける。
「戸籍が偽装されていたと言う事ですか? 保護者が意図的に届け出書類を偽装していた場合、学籍抹消もあり得ますが」
「その件については司波達郎より既に、お詫びと共に書面でご説明していると聞いております」
「確かに、頂いています。亡くなられたお母様が出生届を誤記されて、ずっとそれに気づいていなかったと。しかし、十七年間も気づかないと言う事があるのでしょうか?」
「父は――司波達郎は自分に関心がありませんでしたから。今にして思えば、実子ではなかったからでしょう」
親が子に関心を持たなかったと聞いても、八百坂は特に表情を動かさなかった。そんなものは、今も昔も珍しい話ではない。だから逆に、達也の言い訳を信じられないとも思わなかった。
「校長先生。司波君の弁明に、不自然な点はないと思われますが」
百山はすぐに答えを返さなかった。その反応に慌てて、八百坂は言葉を重ねた。
「戸籍をはじめとする公的データは既に更新されています。特殊な家庭事情を考慮しても、処分の必要は無いと思われますが如何でしょうか」
「事情は分かった。確かに、君たちに責任は無い。責任の無い者に罰を与えるのは、教育の場であってならないことだ。ただ、今回の事が学籍取消処分にもつながる重大な過ちであったことは忘れないように。ご父兄にも厳重に抗議させていただく」
「分かりました」
「それから、君たちは兄妹ではなく従兄妹だと言う事だが、特殊な状況を鑑みて、同居については不問とする」
「ありがとうございます」
百山に対して、兄妹が揃って一礼する。
「……今までは兄妹と言う事で許されていた面もありましたが、今後は従兄妹なのですから、くれぐれも節度を持った行動を忘れないように」
「はい」
最後に八百坂が念を押して、校長室における事情聴取と訓戒は終わった。
達也が二年E組にやってくると、エリカとレオが待ち構えていた。レオは普段通りの感じだったが、エリカが若干元気が無いように見えた。だがそれは、エリカが達也の婚約者候補で、その事をエリカが意識し過ぎているからだとすぐに分かった。
「よう達也。東京には何時頃戻ってたんだ?」
「四日だ。悪いな、連絡もしないで」
「別にいいって。いろいろと大変なんだろ?」
「まぁ、大変なのはこれからだろうな。本来の力と言われても、どれくらい制御出来るのかも俺にも分からないんだ。定期試験までに扱えるようにしなければ、今度こそ手抜きを疑われても仕方なくなるからな」
達也は一年の一学期、実技試験で手を抜いたのではと疑われたことがある。あの時はあれが持てる全力だったのだが、今回はその言い訳は通用しない。十師族・四葉家の次期当主が、二科生レベルの魔法力であるはずがないと学校も疑って当然なのだ。
「そっちもだけど、婚約者選びも大変みたいだな。こいつまで候補なんだろ?」
「こいつとは何よ!」
「痛っ! だから俺の頭は太鼓じゃねぇって言ってるだろ!」
レオの言葉に過剰に反応したエリカは、いつも以上の力でレオの頭を叩いた。それでも加減しているので、レオが本気で痛がることは無いのだが、普段以上の力だったのは確かなので、レオも若干顔を顰めたのだった。
「あのクソオヤジの言いなりになるのは癪だけど、ローゼンの為に使われるのはもっとイヤだったのよ」
エリカがローゼンの血縁だと知っているのは、そう多くない。レオは以前に聞いていたので驚かないし、彼と達也にしか聞こえない程度の声で言ったので、クラスに衝撃が走ることは無かった。
「それにしても、達也が四葉の次期当主とはな」
「俺自身も驚いている」
「何で教えてくれなかったんだよ」
「バカね。教えられるくらいなら、最初から教えてくれてるわよ。事情ってものがあるんだし、子が親の姓を名乗れないなんて珍しくないんだから」
エリカ自身も、高校入試まで千葉姓を名乗ることが出来なかった。その事があるから、達也が四葉家当主の息子だと聞いても、苗字が違う事に違和感を覚えなかったのだ。
「あら、おはよう美月」
「え、エリカちゃん……おはよう」
エリカを避けるように――実際は達也を避けるように教室に入ってきた美月の、たどたどしい挨拶に、エリカとレオは首を傾げた。だが達也は、美月が何を気にしているのかに見当がついていたので、声を掛けることなく見送ったのだった。
そして始業のチャイムが鳴るギリギリまで二-Eにいたエリカとレオだったが、幹比古は顔を見せることは無かったのだった。
「幹比古のヤツ、遅刻か?」
「ミキも美月と一緒なんじゃないの」
「? 何がだ」
「鈍いアンタには分からないのよ。じゃあね、達也くん」
片手を上げて挨拶したエリカに、達也も片手を上げて応える。レオはエリカの言っていることが理解できずに首を傾げたが、結局は気にせずに教室へ戻っていった。
恐れを抱くのも仕方ない肩書