一色家で話し合いがもたれたのと、ほぼ同じ時刻。年始回りから戻ってきた将輝は、帰ってきて早々父親に呼ばれ座敷へ向かった。
将輝の父、剛毅がこの時間から家にいるのは珍しい。何時もは表向きの家業である、海底資源採掘会社の現場を飛び回っているか、一条家の配下にある魔法師の訓練を監督しているかで、夕食の時間にならないと帰宅しない。
「将輝です」
「おう、入れ」
父親が待つ座敷にたどり着いた将輝は、いきなり障子を開けて座敷に踏み入るのではなく、板敷きの廊下に膝をつき声を掛けた。障子の向こう側から伝法な応えがあった。貴公子的な将輝のそれとはあまり似ていない声だった。
「失礼します」
「まあ、楽にしろ」
「じゃあ、遠慮なく」
隙の無い姿勢で座した息子に、一条家当主、一条剛毅は堅苦しい雰囲気を嫌いそう告げた。将輝も父親の勧めに従い足を崩した。
「将輝。二、三聞きたい事があるのだが、答えにくい事もあるかもしれん。だが、正直に答えてくれ」
「どうしたんだ、改まって」
剛毅がこのような前置きをするのは、将輝は訝しんだ。剛毅は見た目通り、歯に衣着せない物言いをする人間だ。それが息子相手に前置きをするような話題は、将輝側には心当たりがなかった。
「良いから正直に答えるんだ。まず、お前は司波達也という少年を知っているな?」
「ああ、知っている」
「では、その妹の司波深雪という女の子も知っているな?」
「な、何で親父がそんなことを訊くんだよ!?」
「どうなんだ、将輝」
慌てふためいた声は、それだけで質問に対する肯定の返事になっていたが、剛毅は察しが悪いのか、それともはっきり言葉にして答えさせたいのか、重ねて将輝に問う。
「……知っている」
「何時、何処で知り合ったんだ」
何故親父にそんなことをこたえなけりゃいけないんだ、と将輝は叫びそうになったが、抗議は無意味だと思い直して将輝は観念した。
「前々回の九校戦。その前夜祭パーティーで彼女の事を知った。知り合ったのは、後夜祭のダンスパーティーだ」
「最初はお前が一方的に目に留めたと言う事か。ダンスに誘って踊ってもらえたということは、少なくとも嫌われていないな」
「さぁ、兄貴に言われて付き合ってくれた、という感じだったが」
悔しい事だが、将輝は深雪に好かれてるなどという自惚れは抱いていない。深雪は自分一人で誘ったところで、踊ってくれなかっただろうと言う事も理解していた。
「そうなのか? まぁ、それは別に構わない。それでお前は、深雪嬢を好きなのか?」
「いっ。いったい何を!?」
「惚れているのか、と聞いている」
「だから何で親父にそんなことを訊かれなきゃならないんだよ!」
動揺のあまり上手く回らなかった舌を懸命に動かして、将輝は喚いた。今度はそう叫ばずにいられなかった。
「今からおよそ三十分前、魔法協会を通じて四葉からメッセージが届いた」
「四葉から? 四葉が一条に何の用だったんだ?」
「当家に対するものではない。十師族、師補十八家、及び百家の一部。日本魔法協会の主要な各家に対する、まあ挨拶みたいなものだ」
「挨拶? まさかあの不愛想な四葉家が新年の挨拶を送ってきたというわけでもないだろう? いったい何を言ってきたんだ?」
将輝と剛毅が、お互いの瞳を覗き込む。将輝は父親が告げようとしている言葉に嘘が無い事を確認し、剛毅は息子に如何なる事実も受け入れる用意があることを確認した。
「四葉家は次期当主に、第一高校二年の司波達也を指名すると言ってきた」
「司波が、四葉の、次期当主?」
心構えがあったにも拘わらず、将輝は激しい動揺に見舞われた。
「将輝、四葉は司波達也を次期当主に指名した。そして司波達也と、彼の従妹である司波深雪を婚約者候補として発表した」
「従妹だって? 司波さんと司波達也は兄妹だったはずだ!」
「それは私の方でも確認している。確かにそれまでは兄妹と言う事になっていたが、事実は従兄妹だったらしい」
「らしい?」
「司波達也は四葉真夜の冷凍卵子から人工授精で生まれた、彼女の息子と言うことになっている。ご丁寧に、年末付けで修正済みの戸籍データまで送ってきた」
剛毅は胡乱げにそう吐き捨てた。
「確かにあり得ない話ではない。少なくとも、四葉殿が虚偽を告げていると断言するだけの証拠は無い。だが、四葉殿が真実を述べているという証拠も無い」
「でもよ、候補って事は、決まったわけじゃないんだろ?」
「それはこの際関係ない。決定だろうがそうじゃなかろうが、近親婚は避けるべきだ。魔法師の遺伝子は国の財産だ。それを損なう可能性のある近親婚は避けるべき。それが国家に対して責任を持つ、十師族として当然の在り方だ。だがそれはあくまで、四葉家が自分で決める事。例え決定でないにしても、口出し出来ん。だからこそ将輝、お前に問う。お前は、司波深雪嬢が好きなのか? お前は彼女に惚れているのか?」
剛毅の射貫くような眼差しが将輝を捉える。海の荒れくれ者でも萎縮せずには居れないほどの強い眼光だが、将輝にはそれを恐れるべき理由が無かった。
「ああ。俺は司波さんに惚れている。一目惚れだ」
「そうか。なら親として、その想い、叶えてやらねばな。なに、心配するな。お前は遠慮なく司波深雪嬢にアプローチしろ」
「親父?」
「まずは今回の婚約を考え直させなければならん。その為には、こっちの意志を伝えることも必要か?」
「ちょっと待ってくれ、親父!」
何やら暴走しかけている剛毅を、将輝は何とかして止めようとした。
「待っている暇などあるか。向こうは既に、候補者として外に向けて発表しているんだぞ。しかも司波達也は、戦略級魔法師にも勝るとも劣らない実力があり、五輪澪嬢の代わりに子をなす事を急かされる立場になったのだ。近親婚だろうが重婚だろうが、国が止める道理が無くなるんだぞ」
このヘタレが、という目で一刀両断され、将輝は抵抗を諦めるほか無くなってしまったのだった。
この設定を残しておかないと、後で大変になるので……