到着した場所を見て、達也は思わず夕歌に尋ねてしまった。
「ここ、ですか?」
「そうですが、何か問題でも?」
「いえ……前に深雪と来たことがあったので」
真夜が見るにはちょっと若すぎるようなものが専門のような店に連れてこられて、さすがの達也も戸惑いを隠せない。だが、当の真夜はかなり楽しそうな雰囲気を醸し出している。
「ご当主様は十分お若いですから、問題ないと思いますよ」
「夕歌さん、せめてこちらを見て言ってくれますか」
夕歌も、若干無理があるのではないかと思っているのか、達也にジト目で睨まれてゆっくりと視線を逸らしていくのだが、逸らした先には真夜がいて、慌てて視線を上に逸らしたのだった。
「さぁたっくん、母子のふれあいと行きましょうか」
「何故、そんなに楽しそうなのですか?」
「そりゃ、たっくんと一緒にお買い物なんて、生涯無理だって諦めてたんだもの。こうして実現して、諦めなくてよかったって思えてるのよ。それに、本家の見張りも無いお出かけは、随分久しぶりなものですから」
四葉家当主として、簡単に監視の目を盗んで出かけられていたら堪ったものではないが、ここまで我慢してきた分が弾けたのだろうと、達也は自分の中で無理やり納得させて真夜に付き合う事にしたのだった。
「せっかくですし、夕歌さんもご一緒にどうかしら?」
「いえ、せっかくの母子の時間にお邪魔するのも悪いですし、私は一人で時間を潰しておきますわ」
「そう? 何だか悪いわね」
真夜と夕歌の間でどんどん話が進められていく中、達也はもう何が起きてもツッコまないと決心したのだった。
真夜と行動を共にして数時間、達也はいい加減慣れてきたが、次々と店を移動し、その都度真夜の年齢を聞いて驚く店員の表情を見て、真夜は実に楽しそうに、嬉しそうにしていた。
「ねぇねぇたっくん、これ私に似合うかしら?」
「……それは深雪や亜夜子が着るような服じゃないですか?」
「だって、店員さんが似合うって言ってくれたから」
「……こんなこと言いたくないですが、母上はご自身の年齢を少しは考えて服を選んでください。普段自分で選べないのは知っていますが、もう少し年相応のものをですね。確かに似合いそうではありますが、そのような服を家で着ていたら、青木さん辺りが腰を抜かしますよ」
「それは見てみたいわね」
達也の説得は、どうやら逆効果だったらしい。真夜の頭の中では、青木が腰を抜かして驚いている姿を幻視しているに違いない。達也はため息を吐いて店員に真夜の説得を手伝うよう要請した。
「お勧めいただいたのは嬉しいのですが、母にはあのような服はちょっと」
「えっ、お母様だったのですか!? てっきり姉弟か、恋人とばかり」
「………」
店員の言葉は、達也にとって相当なダメージを与えるものだった。後者はまだ構わない。自分と真夜はそれほど容姿が似ているわけではないし、真夜はかなり若く見えるし、自分は深雪や亜夜子、文弥たちより勝成、夕歌たちと同年代に見られる方が多いのだから。
だが前者は、達也にとって許容出来る範囲ではなかった。多少のごますりもあるのだろうが、真夜と姉弟に見られるのには抵抗しかなかったのだ。
「たっくん、何を話してるの?」
「母上にその服の購入を諦めさせる方法をです」
「それなら大丈夫よ。たっくんに止めろって言われたから」
「なら何故、青木さんが驚く光景を想像していたのですか」
「だって、面白そうじゃない? 長年たっくんを見下していた青木さんの腰を抜かす絵なんて」
冗談なのか本気なのか、真夜の考えがまったく読めない達也は、もう一度ため息を吐いた。憂いを含んだ表情を見せる達也は、勝成たちより年を重ねた雰囲気さえ感じさせるのだった。
「まぁ、今日はいっぱい服を買ったから、今度会う時はこの内のどれかを着て会いましょうね」
「好きにしてください」
深雪や水波の相手をする時より五倍以上は疲れている自覚が、達也にはあった。普段からガス抜きをしている深雪たちとは違い、真夜にはその機会が無かったのだから仕方ないのだろうが、どうしても疲労感は否めなかったのだ。
「それじゃあ最後は、たっくんの服でも見ましょうか」
「俺の、ですか?」
「ええ。だってたっくんは、長年ガーディアンって立場だったから、ちゃんとした礼服とか持ってないでしょ?」
「そうですね。最低限のドレスコードを満たすスーツくらいしか持ってないですね」
それは、奈良で真由美に付き合わされた時に着たもので、次期当主発表の席でも着ていたものだ。普段そういった式典やパーティーには、あくまで深雪の付き添い、深雪のガーディアンとして参加していた達也は、本当に最低限ドレスコードを満たせれば十分な立場だったのだ。
だがそれが今や、四葉家の次期当主であり、現当主の息子という立場になり、最低限のドレスコードさえ満たしていれば文句を言われない立場ではなくなってしまったのだ。真夜が言う通り、ちゃんとした礼服も必要になってくる場面が必ず訪れるだろう。
「それじゃあ、たっくんの礼服を作りに行きましょう」
「何故、母上がノリノリなのか、俺には理解できないのですが」
「息子に服を買ってあげるという、当たり前な事でさえ、今までの私には夢物語だったのですから」
そう言われると、達也も何も言い返せなくなってしまう。親子の情など、自分には縁のないものだと思っていたのもあるが、真夜は『あの事件』の所為で、子供を持つという夢さえ十二歳で捨てざるを得なくなってしまったのだから。
「あんまりふざけなければ、たまには付き合いますよ」
「もちろん、ふざけたりはしないわよ」
その表情を見て、達也は「あぁ、やはり深雪と血縁なだけはある」と思ってしまったのだった。
青木が腰を抜かす姿は、確かに見たいかも……