劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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昨日違う場所に投稿してしまったので、読んだ人もいるかも……


慶春会直前

 二〇九七年、元旦。達也も深雪も、今日は朝早くから目が回りそうになるくらい忙しかった。早起きは二人とも慣れているから苦にならないが、和風着せ替え人形のような扱いを受けたのには心底辟易していた。達也は無論のこと、深雪も自分で着付けが出来るから、着物を着る時でもこうして、全てやってもらうということに慣れていない。白粉を塗りたくられそうになって、達也は断固として拒否したが、深雪はそうもいかなかった。まぁ、塗りたくられるといっても、舞台役者のように顔中真っ白にされるわけではなく、和装版ナチュラルメイクのレベルだったのが救いだが。

 とにかく、一時間以上好きに弄り回され、ようやく解放された時には、二人ともこのまま家に帰りたくなっていた。

 

「達也兄さん」

 

「深雪お姉さま」

 

 

 控えの間で、多少ではあるが寛いでいる二人に、こちらも漸く支度が終わったのか、羽織袴姿の文弥と、振袖姿の亜夜子が声を掛けた。

 

「達也兄さん、深雪さん、あけましておめでとうございます」

 

「達也さん、深雪お姉さま、あけましておめでとうございます」

 

 

 礼儀正しく新年の挨拶を告げる二人に、達也と深雪も立ち上がった。

 

「文弥、亜夜子ちゃん、あけましておめでとう。いや、もう亜夜子ちゃんとは呼べないかな?」

 

「達也さん、新年早々からからかわないでください。良いですよ。達也さんにだけ特別に『亜夜子ちゃん』と呼ぶことを許して差し上げます」

 

「ふふふ。文弥君、亜夜子さん、あけましておめでとうございます」

 

「うわぁ……深雪さん、何と言えばいいのか……凄く、お綺麗です」

 

「呆れた。そのまんまじゃないの」

 

 

 深雪の姿に感嘆の声を上げた文弥だったが、言葉が出てこなかったので見たまんまを告げる。その態度に、亜夜子が呆れ顔を見せた。

 

「それにしても深雪お姉さま、本当に見事な振袖ですわね」

 

「私も大げさだと申し上げたのだけど……今日はこれを着ることになっているの一点張りで」

 

「あらあら」

 

 

 亜夜子が漏らした呆れ声は、本当に呆れているのか、それとも本当は羨ましいのか、判断がつきにくいところがあった。

 

「次期当主の指名の席でもあるのだから、最も格式高い正装を、と白川夫人は考えたのではないかしら」

 

 

 声がした方を見ると、夕歌が、やはり振り袖姿で立っていた。

 

「夕歌さん、あけましておめでとうございます。昨日はありがとうございました」

 

「あけましておめでとうございます、達也さん。それと、どういたしまして。昨日の事はもう気にしないでくださいな」

 

 

 夕歌がフレンドリーな調子で四人のところへ歩み寄ってくる。お互いが新年の挨拶を交わして、夕歌の提案で椅子に腰を落ち着かせた。

 これだけの人数が集まると、控室も結構手狭に感じるのと同時に、この場にいない人物の事が余計に気になってきたのだった。

 

「新発田さんは、こちらにはいらっしゃらないのでしょうか」

 

 

 その事に触れたのは、最年少の特権か、文弥だった。

 

「時間的に見て、直接会席に入られるのではないかな。あるいは、ご両親と一緒なのかもしれない」

 

 

 文弥の疑問に、達也が憶測で答える。壁に掛かった時計は、彼らがそろそろ呼ばれる時間になっていると知らせていた。

 

「失礼いたします。皆様の案内役を仰せつかりました、桜井水波と申します。至らぬところ多々あるかと存じますが、精一杯務めますので、よろしくお願いいたします。まずは文弥様、亜夜子様、ご案内いたします」

 

 

 文弥と亜夜子が達也、深雪、夕歌の順に目礼して立ち上がる。しずしずと進む水波の後ろに、歩幅を合せて二人は控室から出て行った。

 

「そう言えば達也さんは、慶春会の入場作法はご存知かしら?」

 

「案内役の呼び出しがあって、それに先導されて入場すると聞いています」

 

「もしかして、深雪さんも?」

 

「はい。私もそう聞いています」

 

「そう……じゃあ、私から一つだけアドバイスね。入場の際にね、絶対に噴き出しちゃ駄目よ。我慢できそうになかったら、さっさと座ってお辞儀しなさい。純和室だから、それで笑っているところを誤魔化せるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕歌が広間に向かい、短い時間が過ぎた。

 

「達也様、深雪様、ご案内いたします」

 

「……水波ちゃん、大丈夫? 何だか疲れてるみたいだけど」

 

「いえ、大丈夫です。申し訳ございませんが、少々お急ぎください」

 

 

 案内役を早く終わらせて休ませてやるのが今の水波の為だと考えた達也は、深雪を促してその後に続いた。

 

「次期当主候補、司波深雪様、及び司波達也様、おなーりー」

 

 

 水波に案内され、達也と深雪が席に着く。そこは真夜の両隣だった。

 

「皆様、改めて、新年おめでとうございます。本日はおめでたい新年に加えて、あと三つ、皆様によい報せを伝えることが出来ます。私はこれを、心より喜ばしく思います」

 

 

 そう前置きして、真夜はまず勝成に目を向けた。

 

「この度、新発田家のご長男の勝成さんが、堤琴鳴さんと婚約されました」

 

 

 この報告には、一同「漸くか」という感じを醸し出しながらも、拍手を二人に送っている。

 

「そして二つ目のご報告は、この度、私の息子である司波達也の封印を解き、正式に四葉の一員として迎える事となりました」

 

「ご当主、『私の息子』と言うのは?」

 

「これに控える司波達也は『事件』前に採取した私の卵子を用い、姉の深夜を代理母とした私の息子です。故あって姉の許に預けてありましたが、今般、私の息子として迎える事にいたしましたの。そして、強力過ぎる魔法力を持って生まれた為に、津久葉家の力を借り、達也の魔法を封じていたのですが、それもこの期に開放し、本来の力を達也に戻しました。その力は、こちらの深雪さんを遥かに凌駕するほどのものですので、皆さんが何を言おうが問題なく、達也は四葉の魔法師として迎え入れます」

 

 

 その宣言に、津久葉家当主を除く分家当主と、葉山と紅林を除く使用人全員から驚愕の声が漏れ出たのだった。そして、真夜はもう一つの爆弾を投下するのだった。




毎日更新も考え物だな……

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