劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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愛の、ではないので……


貢の告白

 貢の回想話を、達也は他人事のように聞いていた。自分の事ではあるが、事実そこに自分の意思は介在しないので、他人の事を話しているように聞こえても仕方ないのだ。そして貢は、達也の魔法は母親である深夜が望んだものだと話し始めた。

 

「深夜さんが望んだ『世界を破滅させる魔法』を彼女に与えられ、君は生まれた。生まれたばかりの赤子の事なのに、何故そんなことが断言できる。君はそう言いたいのかもしれないが、先代当主である英作伯父は、他人の魔法演算領域を解析し、潜在的な魔法技能を見通す精神分析系の能力を備えていたのだよ」

 

 

 貢が興奮気味に話すので、達也は一度中断を申し出ようとしたのだが、貢は何かに取憑かれたように話を続けた。再び他人事のような気分で話を聞いていた達也だったが、話の内容が徐々に自分の処遇について進むにつれてようやく自分の事なのだと実感を持ち始めていた。

 

「我々分家の当主は、君を殺すべきだと考えていた。そして赤子の君を殺すべきだと分家を代表して具申したのは私の父、黒羽重蔵だ。私も反対しなかった」

 

 

 達也は何も言わなかった。最初に質問は受け付けないと宣言されていたからだ。彼は無言で説明の続きを待ったのだが、それを貢は、衝撃を受けて絶句していると解釈した。

 

「ハハハハハ……さしもの君もショックだったか。君が殺されなかったのは、英作伯父が我々の提案を却下したからだ」

 

 

 貢ががっくり項垂れる。頭部を支える首が突如消え去ってしまったような、人形じみた動きだった。

 

「伯父は君を最高の戦闘魔法師に育成することにすると言った。赤子の頃から、君には戦士になるために最適な栄養が与えられた。立ち上がれるようになった直後から、最適な身体操作の訓練が始まった。伯父上は本気だった。本気で君を生かすつもりだった。君を死から救ったのは、伯父上だった。英作伯父が亡くなって、真夜さんが当主の座を継いだ。それからしばらくして、真夜さんと深夜さんは君を人造魔法師実験の被験体にした。君は見事人造魔法師の成功例となり、深雪のガーディアンになった。しかしその後も、君に対する戦闘訓練は続いた。成長期が訪れて、過度の訓練が身体の成長を妨げると判断されるようになるまで」

 

「その辺りの事は、自分も覚えています」

 

 

 本当は人造魔法師実験の前の記憶も明瞭にあったが、達也はそれが自分の事と実感出来ない。あの実験の前の記憶は、なんとなく映画でも観ているような印象があった。

 

「まあ、そうだろうな。六歳以降の話だ。英作伯父が亡くなっても、君の訓練は続いた。深夜さんもそれに反対しなかった。当然だろう。君に生きていてもらう必要があった。いつか復讐が成し遂げられるまで。君は深夜さんの、世界に対する憎悪の体現者。一人の女性の怒りと哀しみを分かりもせず、無邪気に都合の良い超越者を望んだ我々四葉の、罪の象徴。その事を知る我々は、君を四葉の中枢に置いておけない。君に四葉の力を与えるわけにはいかないし、国防軍の力とも引き離さなければならない。我々もこれ以上、罪を重ねたくはない」

 

 

 それきり、貢は口を開く気配がない。達也は貢の話が終わったと理解した。

 

「よく分かりました」

 

「それが事実なら、今すぐ深雪のガーディアンを辞退し給え。あの子も君の言う事ならば聞くだろう」

 

 

 達也は冷笑を浮かべて首を横に振った。

 

「自分が分かったというのは、あなた方の理解しがたい行動の裏にあった動機が、センチメンタルな罪悪感に過ぎなかったということです」

 

「何っ!」

 

 

 貢が一人掛けのソファの肘掛けを叩いて立ち上がったのと同時に達也も立ち上がった。貢の目には、達也を殺し得る隙が一つも見えなかったのに対し、達也の目の前には、貢の命を奪う手順が幾つもよぎっていた。

 

「約束通り知りたいことを教えていただきました。これで失礼させていただきたいのですが、よろしいですか?」

 

「……帰り給え。私にも、もう用は無い」

 

 

 貢がハンドベルを鳴らす。最初に達也を案内した家政婦が姿を見せ、貢は彼女に、達也を玄関まで案内するように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後六時五十分になり、達也と深雪は奥の食堂へ案内された。彼らを案内したのは水波だ。水波は会食の最中も給仕として達也たちの側に付いているようだった。

 兄妹が食堂に来た時、既に文弥、亜夜子、夕歌が着席していた。達也は食堂の奥で文弥の前、深雪は達也の隣で亜夜子の前の席を勧められた。達也の隣は真夜の座る席。明らかに二番目の上座だったので、達也は水波に「深雪と逆ではないか」と尋ねたが、「ご当主様の命です」と間違いを否定したのだった。

 午後七時一分前になって、新発田勝成が食堂に現れた。達也が考えた通り、次期当主候補が全員そろったわけだが、何故自分がこの場に呼ばれたのかが理解できなかった。

 亜夜子は文弥の護衛ではなく補佐役という立場だから、文弥の隣にいるのは分かる。だが四葉家における達也の立場は、深雪の護衛、ガーディアンに過ぎない。勝成もこのテーブルに、一人で現れた。奏太はともかく、常に一緒の琴鳴も置いてきている。

 しかし、達也がこの場にいることを訝しんでいるのは彼自身だけだった。深雪は当然としても、文弥も、亜夜子も、夕歌も、勝成でさえも、達也が同じテーブルを囲むことに疑問を覚えていなかった。

 この時、達也は自分を過小評価していた。そして、テーブルに集まった魔法師たちの事も過小評価していた。達也以外の五人は、彼が自分たちに匹敵する、あるいは自分たちを凌駕する実力の持ち主だと認めていた。自分たちと同じ席に並ぶのが当然だと考えていた。彼らがそれだけの度量の持つことを、達也は知らなかった。だから感じる必要のない、居心地の悪さを勝手に覚えていたのだった。




やはりにじみ出る小物臭……

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