勝成の内部で、後は投射するだけという段階まで組み上げられた魔法式が、維持のための意思を断たれて霧散した。琴鳴と奏太は油断なくCADの上に指を添え、水波は何時でも障壁を形成できる態勢で、何も見逃すまいと神経を張り詰めている。
「……聞こうか」
「言うまでもなく、四葉のガーディアンはマスター、ミストレスをあらゆる危険から護衛する魔法師です」
「それで?」
「俺は深雪のガーディアンとして、深雪を危険な戦いの場に立たせたくはない。それはそちらのお二人にとっても同じでしょう」
「もちろんです! あたしは勝成さんを、このような内輪揉めで危険に曝したくありません!」
「オレも思いは姉さんと同じだ」
達也の問いかけにまず応じたのは琴鳴だ。まるで愛する人を案ずるように熱い心情を吐露すると、弟の奏太もそれに同調した。それを受けて、達也が真面目くさった顔で頷く。
質の悪い詐術に掛かっているような気がした勝成は、達也のその表情を見て、ある推測に至った。
「……おい、まさか」
「俺たちはここを通りたい。貴方はここを通したくない。このにらみ合いの状況を打破するためには、闘争が不可避。ならば」
「待て」
「ガーディアン同士の決闘で決めませんか。こちらは俺一人。そちらは二人一緒で結構です」
「駄目だ!」
「良いでしょう!」
勝成と琴鳴が同時に、正反対の回答を示した。
「こちらには第三者である夕歌さんがいますので、水波は深雪と夕歌さんの守りにつかせます。約束しますよ。手は出させません」
達也は返って来た回答の齟齬に構わず、自分の言いたいことをさっさと言い終えた。
「やらせてください!」
「駄目だ、危険すぎる! 達也君は皆が思っているような欠陥品ではない! この私でも確実に勝てるとは言えない相手だ。前当主の英作様の命によって、彼は生まれた直後から戦闘魔法師として育成されていたんだぞ!」
「あたしたちだって戦闘用に造られた調整体魔法師『楽師シリーズ』の第二世代です! 生まれる前から戦う為の能力を遺伝子に叩き込まれた魔法師です。誰が相手でも、そう簡単に遅れはとりません!」
「そういう話ではない! 達也君はそういうレベルとは次元が違うんだ! 彼が初めて人を殺したのは六歳の時、人造魔法師実験の直後だ。彼は手に入れたばかりの力に戸惑うこともなく、三十歳の脂がのった戦闘魔法師を、事故でも不意打ちでもなく、最初から殺し合いの条件で血の海に沈めた。たった六歳だぞ? まだ小学生にもなっていない年だ。琴鳴、君は六歳の時、何をしていた?」
勝成から与えられた情報に、琴鳴は目を見開いて絶句した。言葉を失ったのは彼女だけではなく、水波も、そして深雪までもが顔を強張らせていた。
勝成の問いかけに答えられない琴鳴の代わりに、彼のセリフに応えたのは達也だった。
「勝成さん。人のプライバシーをペラペラと喋らないでください」
勝成が達也に目を向け、深雪と水波の顔を見て、気まずそうな表情を浮かべる。
「マスター、やらせてくださいよ。確かにそいつは手ごわそうだ。向かい合っているだけで首の裏がチリチリしてくる。ですが、二対一で勝てない相手とは思えません」
「二対一なら勝てる――そう思わせるのが達也君の策だ」
「それでも良いじゃないですか。こっちが有利になるんですから」
「しかし……」
勝成が説得の言葉を探している隙に、深雪が会話に割り込んできた。
「新発田勝成さん。元旦に行われる慶春会に出席するよう、私は四葉家当主である叔母様より申し付けられております。このご命令を果たす為、私は今日中に本家へ入らなければなりません。私の行く手を妨げるのは、叔母様のご命令を妨げるのと同じです。勝成さんの仰りよう、為さりようは叔母様に対する反逆も同然です。新発田家が本家に対して反旗を翻したということになりますが、それは当然お分かりですね?」
勝成は答えに詰まった。謀反と解釈されるのは覚悟の上だったが、正面から新発田家が本家に対して叛意を抱いていると断定されて、それに頷けるほど開き直ってはいなかったのだ。
「しかし貴方にもお立場があるのでしょう。ですから私は貴方の行いを叔母様に告発するのではなく、この場を兄に委ねようと思います。兄が敗れれば、私は大人しくここから引き返しましょう。残念ですが、あまりお時間は差し上げられません。ご決断を」
反逆者として決めつけられることを予測し、それを覚悟していたはずの勝成が、いつの間にか新発田家を人質に取られ、追い詰められていた。
「……私が達也君と戦う。それでは駄目なのか?」
「私は兄に委ねると申し上げました。兄の考えは、先ほどお聞きいただいた通りです」
なおも決断を渋る勝成に、琴鳴・奏太姉弟が勝成の説得に入る。まるで命のやり取りを前提にし、感動的な場面を造りだした三人を、達也は心苦しそうな表情を浮かべて眺めていた。
「……何だよ?」
「別に殺し合いをするつもりは無いのですが」
「そっ、そんなセリフでこちらを油断させようとしたって無駄だぞ!」
「別に駆け引きのつもりは無いのですが」
「だったら勝手にしろ! こっちは手を抜かないからな!」
「ところで、このまま始めますか? それとも場所を変えた方が良いですか?」
達也としては、これ以上邪魔をされると、飛んでいきたくなる気持ちを抑えられなくなりそうだったので、出来るだけ早く始め、そしてとっとと終わらせたかったのだった。
琴鳴は勝成が十分な距離を取っているかどうか確認し、彼女の視線を受けた勝成が頷くのを見て、琴鳴はつい逸ってしまった。
「このままで結構よ」
「では」
達也の一言と同時に、琴鳴の身体は空高く舞い上がった。
「琴鳴!」
前方では奏太が達也に攻撃を仕掛けているが、その結果を見届ける余裕は、勝成になかった。勝成の目は、飛行魔法のアレンジと思しき重力制御魔法で空へ打ち上げられた琴鳴に釘付けとなっていた。
勝成サイドの感動的なやり取りはカットで