劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也以外なら、あの状況はある意味地獄だろう……


甘え上戸

 深雪たちを駅まで送って行って、達也はホテルに戻った。光宣は容態が安定したので響子が自宅へ連れて帰ることになった。本人は明日の捜索に付き合いたかったようだが、ただでさえ光宣は欠席が多い。姉とも慕う響子に強く窘められて、帰宅に同意した。

 ホテルは幸い、まだ空き室があった。一人では広すぎる和室から、シングルの洋室に移って、達也はラウンジで真由美と向き合っていた。

 

「達也くん、学校の方は良いの? ……というのは、私が言えるセリフじゃないわね」

 

「いえ。俺の方も、もう少し調べる必要が出てきましたので」

 

「それは……あちらのお仕事関係で?」

 

 

 ラウンジにはほかの人もいる。こんな所で遮音フィールドを展開するわけにもいかないので、真由美は言葉を濁した。

 

「ええ。だから先輩も気にしないでください」

 

「そう言ってくれるのは、正直なところありがたいわ。今日も随分迷惑掛けちゃったと思っていたから」

 

「それで、明日の事なんですが、先輩はここで待っていてもらえませんか」

 

「ここでって……ホテルでってこと!?」

 

 

 達也が頷くと、真由美は見るからに機嫌を傾けた。

 

「私はそんなに足手纏い? そりゃあ、今日はあんまり役に立たなかったかもしれないけど」

 

「そんなことはありません。俺は先輩の実力を高く評価しています」

 

 

 真由美の瞳を正面から覗き込んで、達也はそう言い切った。真由美がほほを赤らめて目を逸らす。

 

「だったら何で置いていくなんて言うのよ」

 

「危険だから、ではありませんよ。今日の調子では埒が明かないので、明日はちょっと荒っぽいやり方を採ります。女の方にはあまり見せたくありません。特に先輩のような淑女には」

 

「だ、大丈夫よ。こう見えても私、荒事には慣れているから」

 

「それでもです。俺の方が見られたくないんですよ」

 

「そういう事情なら、その、仕方ないわね……それじゃあ、この後付き合ってもらう事で我慢しましょう」

 

「何が『それじゃあ』なのかは分かりませんが、それでいいなら付き合いますよ」

 

 

 本当に何が「それじゃあ」なのかは分からなかったが、達也は真由美の条件を呑むことで、明日の行動を誰にも知られることなく出来る事に満足したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度部屋に戻り、深雪からかかってきた電話を済ませたタイミングで、ドレス姿の真由美が部屋にやって来た。

 

「さぁ達也くん、お食事しましょう」

 

「ここのレストランですか?」

 

「そうよ、地下のフレンチ。さっきフロントに確認したら、空きがあったから予約したの」

 

「分かりました。着替えますので、ロビーで待っていていただけませんか」

 

「そのままでも良いのに」

 

「そういうわけにもいきませんよ」

 

 

 念のため持ってきた最低限のドレスコードを満たすスーツとネクタイをバッグから取り出して、達也は急いで着替えた。真由美の事だから、ロビーではなく部屋で待つ、とか言い出すかと思っていたが、意外と素直にロビーに向かったので、達也もあまり待たせては悪いと思ったのだろう。

 

「わあっ! 達也くん、よく似合っているわ」

 

「先輩ほどではありません」

 

「そう? じゃあ座ろうか」

 

「どうぞ」

 

 

 達也が真由美の背後に回って椅子を引く。真由美は肩越しにニッコリ笑って椅子に座った。

 

「あら、ありがとう」

 

 

 向かい側に腰かけた達也は、真由美がメニューを手に取るのを待って、自分もメニューを開いた。

 

「達也くん、何にする?」

 

「そうですね。俺はコースにしようと思います」

 

「なるほど~。アラカルトも楽しそうだけど、初めてのお店だしコースの方が無難かな」

 

 

 このようなやり取りがあり、結局二人ともコースを注文した。

 食事が済み、部屋に戻ろうとした達也は、真由美に連れられてバーの前に来ていた。

 

「今更言うまでもありませんが、俺は高校生ですよ?」

 

「大丈夫だって。ノンアルコールもあるし、達也くんを高校生だって見抜ける人はいないわよ。制服を着ていてもそう見えないんだから」

 

 

 真由美の無邪気な発言に、達也は地味にショックを受け、そのままバーに引きずられそうになり、直前で真由美が達也の耳に口を近づけた。

 

「それから、ここでは『先輩』は禁止ね。真由美って呼んで?」

 

「……何故です?」

 

「学生だって思われたら厄介だからね。私も『達也さん』って呼ぶから」

 

 

 こじんまりとしたバーには、カウンター席の端っこにカップルが一組だけいた。達也は真由美を反対端に座らせて、自分はその隣に座った。

 

「マスター、アレキサンダーをお願いします。達也さんは何にする?」

 

「サマー・デライトを一つ」

 

 

 注文を済ませた後、達也は注意深くマスターを観察する。よく鍛えられた身体をしており、動作もキビキビしているので、過去に専門的な戦闘訓練を受けた印象があったからだ。

 

「お客様、失礼ながら」

 

「何でしょうか」

 

「お客様は魔法師ではありませんか?」

 

 

 マスターにそう聞かれ、達也は内心驚いたが、それを表情には出さなかった。

 

「それが分かるということは、マスターも魔法師ですね?」

 

「昔の事です。私は訓練中の事故で、魔法師の力を失いましてね」

 

「そうですか。失礼しました」

 

「ですから、昔の事です。それにこの話を始めたのは私の方ですから」

 

 

 達也とマスターがいろいろと話している隣で、真由美は物凄いピッチでカクテルを飲み干し、会話を終えた頃には三杯も飲んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーを出た真由美の足取りは、案の定怪しいものだった。

 

「先輩、部屋ですよ。しっかりしてください」

 

「うん……ありがとー、たつやくん」

 

 

 真由美は今にも眠ってしまいそうな感じだ。無事部屋に到着したことだし、達也としてはミッション完了でもよかったのだが、真由美がドアの前にズルズルと座り込んでしまいそうになるのを見て、さすがにここで「失礼します」とは言えなかった。

 

「先輩、鍵は何処です?」

 

「ここー」

 

 

 真由美がカードキーをヒラヒラと手で振る。そして何を思ったのか、自分の胸元に差し込もうとしたので、達也は素早く途中で奪い取った。

 

「(この人は、俺に何をさせるつもりだったんだ……)」

 

 

 軽い戦慄を覚えながら、達也はドアを開錠し中に入る。

 

「先輩、寝るならベッドに入ってください」

 

「うん、わかったー」

 

 

 真由美は酔うと幼児退行するタイプらしく、甘えるように達也に返事をした。

 

「先輩、ベッドです。服は脱いだ方が良いですよ。せっかくのドレスが皺になってしまいます」

 

 

 千鳥足だった真由美をベッドサイドまで誘導し、達也がそういうと、真由美は達也の前で両手を挙げた。

 

「……何でしょう」

 

「ぬがせてー」

 

 

 案の定の回答に、達也の頭は本格的に痛み始めた。




素面だったら痴女だな……

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