劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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彼女としたら、二人っきりがよかったんでしょうね


真由美合流

 翌十月二十一日、日曜日。この日の予定は引き続き二手に分かれての調査。ただし、真の目的を明かされて仲間たち、特に幹比古のモチベーションは昨日より上がっていた。

 達也たちに将輝を加えた五人は嵐山、幹比古たち三人が宝ヶ池・松ヶ崎方面に出発する計画だったが、達也が心配していた出来事が発生した。

 

「……すみません、達也さん」

 

 

 光宣が布団の中から泣きそうな声で謝罪を口にする。彼は今朝突然熱を出してしまった。昨日から少し調子が悪そうだったが、今日になり本格的に体調を崩してしまったのだ。

 

「気にするな。光宣に責任があるわけじゃない」

 

「ですが……僕は自分が情けないです」

 

「光宣、自分を責めるな。お前はよくやってくれている。病気になりやすいのは、前もって聞いていた。それはお前の所為じゃないし、この可能性を理解した上でお前に手伝ってもらっていたんだ。お前は十分力になってくれている。昨日も光宣がいなければ、あの呪い師の所へはたどり着けなかっただろう」

 

「……そうでしょうか」

 

 

 達也から目を逸らし、顔を背けたまま、気が弱っている声で光宣が問う。

 

「俺は本気でそう思っている。お前は十分役に立ってくれているし、いざという時には、また手を貸してもらうことになるだろう。その時の為に無理はするな」

 

 

 光宣が恐る恐る達也の方へ視線を戻す。彼の顔はいつも通り無愛想だったが、愛想笑いのような嘘くささを感じさせない、誠実そのものの眼差しを光宣へ向けていた。

 

「僕はまだ……達也さんの仲間ですか?」

 

「どうせ今日は周公謹の所までたどり着けない。お前の力は、その時に必要となる。だから今日は休んでいてくれ」

 

「……分かりました」

 

「水波を残していく。ああ見えてあの子は家事万能だ。それに、光宣と同じで、頼ってもらった方が水波も喜ぶ。だから細かい事でも遠慮なく言ってくれ。荷物はこのまま置いていくから、番を頼む」

 

 

 これは調査が終わってもそのまま東京へ帰ることはなく、一旦ここに戻ってくるという意味だ。

 

「お任せください」

 

 

 光宣は達也の不器用な優しさを理解して、微笑みを浮かべた。

 部屋を出た達也は、独り廊下に控えていた水波に声を掛けた。

 

「押し付けて済まないが、看病を頼む」

 

「押し付けなど滅相もありません。これは私の仕事だと心得ております。光宣さまのお世話はお任せください」

 

 

 お辞儀する水波に頷いて、達也は深雪と友人たちが待つロビーへ向かう。その背中が見えなくなるまで見送って、水波は光宣が寝ている部屋の扉をノックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也グループは当初五人行動の計画だったが、光宣が体調を崩し、水波がその看病に残ったので、幹比古たちと同じく三人だ。コミューターは基本的に四人乗りなので、将輝はバイクでついていくつもりだったが、三人になったので同じ車に同乗している。

 席は達也と将輝が前に二人、後部座席に深雪が一人だ。将輝と深雪の本音は別だが、ここは常識とマナーを優先した形だ。

 行き先を設定したのは達也だ。将輝は昨日の打ち合わせで目的地が嵐山だと思っていたので、コミューターが停車して達也がそのまま車を降りようとした時、その背中を思わず呼び止めてしまった。

 

「司波、嵐山に行くんじゃなかったのか?」

 

「その前に、手がかりになりそうな物を見せてもらえることになっている。ここから先は、周公謹の事を口にしないで欲しい」

 

「……秘密なのか?」

 

「出来ればあの人を巻き込みたくない」

 

 

 将輝が探るような目を達也に向けた。何か誤解していそうだと達也は思ったが、そう仕向けたのは彼だ。その三分後、待ち人はやって来た。

 

「達也くん、遅くなってごめんなさい」

 

「時間通りですよ」

 

 

 コミューターから降りて律儀に駆け寄ってきた女子大生を、達也はそう言って宥めた。

 

「あれっ、深雪さん?」

 

「おはようございます、七草先輩。先日はお目に掛かれませんでしたので『お久しぶり』ですね」

 

「深雪さんも来るなんて知らなかったわ」

 

 

 いつもの調子で文句をつけようとしたが、もう一人の同行者を無視するわけにはいかなかった。

 

「一条将輝くんね? 初めてお会いするわけではないけど、一応自己紹介させていただきます。七草真由美です」

 

「お目に掛かった事は覚えています。一条将輝です」

 

「ごめんなさい、一条くん……達也くん、ちょっと」

 

 

 見事な猫被りの笑顔で会釈して将輝から離れ、真由美は達也の左腕に右腕を巻き付け――深雪に見せつけるように胸を押し付け――達也を引っ張っていく。二メートルほど距離を取って、真由美は小声で達也を詰問した。

 

「達也くん、何故深雪さんが一緒だって言わなかったの?」

 

「わざわざ言う必要も無いと思っていましたので」

 

「そうよね……深雪さんが達也くんを一人で行かせるはずないものね。それで、一条君が同行しているのは何故かしら?」

 

「こちらは偶然です。昨日論文コンペ会場の下調べをしていた吉田たちが、同じ目的で京都に来ていた一条とばったり会いまして。会場周辺以外にも不審な者がうろついていないか見て回るつもりだということでしたので、ボディガード代わりに連れてきました」

 

「そう……それで、一条くんは私の事情を知ってるの?」

 

「先輩の許可も無いのに、勝手に喋ったりしませんよ」

 

 

 真由美は疑うような目を達也に向けるが、達也の顔は何も伺わせないポーカーフェイスだった。

 

「それで先輩。一条に事情を説明しても構いませんか? 彼は頼りになると思いますよ」

 

「良いのかしら……一条家の跡取り息子を顎で使うような真似をして」

 

「顎で使ったりしません。第一、あいつはそんなに可愛い玉じゃありません」

 

 

 憮然とした声で達也が答え、真由美がクスッと笑いをこぼす。

 

「いいわ。手伝ってもらえるならありがたいもの。それから達也くん、深雪さんが一緒だってことを黙ってた事については、後で埋め合わせしてもらうわよ」

 

 

 一方的な約束を取り付け、真由美は機嫌を直して将輝に事の経緯を説明する許可を達也に与えたのだった。




ご機嫌な真由美は、ちょっと怖い……

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