劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ごまかす必要もないので、ハンゾー君たちはカットしました


葉山という男

 旧長野県との境に近い旧山梨県の、山々に囲まれた狭隘な盆地に存在する名も無き村。この地図にも載っていない小さな山村こそ、世界中の魔法関係者に悪名を轟かせる四葉家の本拠地だ。

 村の中央に位置する、広い敷地内に複数ある離れを持つ、一際大きな平屋建ての屋敷が、四葉家の本邸。その一室で屋敷の女主である四葉真夜は腹心の執事、葉山の報告を受けていた。

 

「奈良における顛末は以上でございます」

 

「国防軍情報部ねぇ……」

 

「何処の部署が介入してきたのか、調べはついております。もし目障りだとお考えでしたら」

 

「構わないわ。国防軍にも面子があるでしょう? 多少の出しゃばりくらい、見逃してあげなさい」

 

 

 嘯く主に、老執事が恭しく一礼する。国防軍を格下と見る真夜の態度に、葉山は如何なる疑いも持っていなかった。

 

「あんな奴らより、たっくんの方だけど、今のところは真面目に働いてくれてるのよね?」

 

「はい。開発中の新魔法についても、特に隠し立てすることは無く、反抗的な部分は見受けられません」

 

「新魔法ね……近距離物理攻撃の魔法ということだけど、どのようなものか推測はつきますか?」

 

「あくまでも推測でよろしければ」

 

「構わないわ。葉山さんの考えを聞かせてちょうだい」

 

 

 真夜は好奇心を隠さずに、葉山に訊ねる。魔法師の性能向上を最重要課題とする四葉家の一員として、真夜は達也が新魔法を開発しているという情報を聞いて、純粋に好奇心をそそられていた。

 

「アンジー・シリウスの『ブリオネイク』を参考にしたという話と、『バリオン・ランス』という名前から察するに、物質を陽子・中性子に分解して射出する粒子砲の一種ではないかと思われます。荷電粒子砲ではなく、中性子砲の可能性が高いと思われますな」

 

「中性子砲ね……ニュートロンバリアは既に魔法として完成の域にあるのだけど、たっくんのことだからそこも当然考えているでしょうし……『バリオン・ランス』? 『ランチャー』でも『キャノン』でも『ガン』でもなく『ランス』なのは何故かしら」

 

「そこまでは分かりかねます。ただ、慶春会の席でご披露くださるという事でしたので、実際にご覧になるのが一番かと」

 

「詳細を訊ねなかったのは何故? たっくんが本当に従順なのかどうか、試してみるにはいい材料だったと思うのだけど」

 

「おそれながら、奥様の目的の為にはそこまで確かめる必要も無いと存じまして」

 

 

 真夜は、見えるか見えないかのジャスチャーで肩を竦め、葉山が自分を見詰める視線に、言い訳をしなければならないような気になっていた。

 

「目的と言うほど大層なものではないけど、私の甥だからって理由じゃないの。たっくんを排斥するのは、四葉の利益にならない」

 

「実の甥御様だからという理由でも差し支えないかと存じますが」

 

「だって、甥じゃ満足できないもの……」

 

 

 頬を赤く染める主に、葉山は孫娘でも見るような視線を向け、恭しく一礼して部屋から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜の部屋を辞した葉山は、彼の住まいにと貸し与えられた離れに向かう途中で、背後から声を掛けられた。気配が感じられなかったことに驚きは無かった。

 

「葉山さん」

 

「黒羽様。お目見えになっていると気づきもせず、申し訳ございません」

 

「いや、こちらこそ失礼した。気配を同化したままだったのに気づかなかった」

 

「いえ、お気遣いはご無用でございます」

 

 

 貢のセリフか嘘か真か、葉山には判断つかない。だが、それはどうでもいいことだった。

 

「して、黒羽様。私に何か御用ですかな」

 

「用と言えば用だが……少し葉山さんと話をしたいのです」

 

「話がある……という意味でしょうか」

 

 

 葉山が慇懃に微笑むと、貢は慌てて否定の意味で両手を振る。

 

「いやいや、言葉通りの意味です。少しお聞きしたいことと、相談したい事があるのですよ」

 

「これは私の方こそ失礼しました。ではこちらへどうぞ」

 

「いや、葉山さんさえ構わなければ、ここで。葉山さんがご当主様と話されていたのは、あの男――周公瑾の件ではありませんか」

 

「ご自身のお仕事に手を出されては、気になさるのも当然ですな」

 

 

 貢のセリフをかなり情けない方に曲解した葉山。もちろんわざとだが、貢は慌てて打ち消そうとする。

 

「あっ、いや……」

 

「ご心配には及びません。黒羽様におかれましても、深雪様のガーディアンに現在、試しが与えられていることはご存知と思います」

 

「……知っています」

 

「私はその経過報告をしていたのですよ。深雪様は有力な当家の次期当主候補ですからな。あの方のガーディアンが四葉に対して反旗を翻す可能性が無いかどうか、その見極めは今後の四葉家の為に欠くべからず事です。極めて重要なことですので、黒羽様には失礼かと存じましたが、今回の件を判断材料に使わせていただきました」

 

「あの男が四葉家に対する忠誠心など持っているはずがない」

 

 

 貢が吐き捨てるようにそう言った。だが葉山は表情を変えずに爆弾発言をする。

 

「達也殿が忠誠心を持っていない事など、奥様がお気づきになられていないと? そもそも、忠誠心など無用なものですよ。意味があるのは行為だけです。例え面従腹背であろうとも、立場を裏切らず結果で裏切らなければ、結果を出せない忠義者より有用なのです。道具に忠義は必要ありません。兵器に心は不要ですので」

 

「貴様、魔法師を兵器と言うのか……!?」

 

「お忘れかもしれませんが、私も魔法師でございます。皆様に比べれば微力も良いところですが。兵器は恐れを懐きません。兵器は不安を懐きません。ただそうなる可能性があるという不安だけで、無垢なる者を殺そうとする人の心は、果たして心なき兵器に優るものでしょうか」

 

 

 貢の心に深く楔を打ち込んで、葉山は一礼しその場を去る。残された貢は、重い沈黙に囚われていたのだった。




うん、真夜さん可愛い

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