本来なら深雪は、愛梨たちの滞在を認めるつもりなどなかった。だが、愛梨の魅惑の囁きの前に屈してしまった。何を言われたのかと言うと――
「貴女も達也様と同じ部屋で寝泊まり出来るかもしれなくてよ?」
――だった。
九校戦の間ずっと同じ部屋で生活していたのだが、愛梨たちはその事を知らない。そして深雪は、九校戦の間以外でも達也と同じ部屋で生活出来るかもしれないという餌に食いついてしまったのだ。
「泊まるのはともかくとして、客間なんて無いぞ。水波が生活してる部屋で寝泊まり出来る部屋は全てだぞ」
「ご安心を。一名はリビングで、残りは各部屋の床に布団を敷いて生活しますので」
「……なら俺がリビングで構わない」
達也は当然の提案だと思っていたが、この空間に置いて達也は少数派だった。いや、むしろその意見は達也のみが普通だと思っており、残りの美少女たちはそんな事考えてはいなかった。
「達也様のみ部屋は動かないでくださいませ」
「私たちはくじで泊まる部屋を決めます」
「深雪嬢や水波嬢もくじにさんかするのか? わくわくするのぅ」
「不正が無いように、くじは達也さんが作ってください」
「……内訳は?」
抵抗しても無駄だと理解した達也は、香蓮に部屋の内訳を訪ねる。その答えは、リビング一人、水波の部屋二人、深雪の部屋二人そして達也の部屋一人だった。
「何で深雪や水波まで部屋を動くんだ? 自分たちの部屋で良いだろ」
「いえお兄様。せっかくのお泊り会ですので、私たちも部屋を動きたいとお願いしたのです」
「………」
訝しむような目を妹に向けたが、抵抗しても無駄だと理解した達也は大人しくくじを作り始める。そして完成したくじを箱の中に入れ、不正出来ないように監視をする事になった。彼の前で不正を働こうものならすぐにバレると、ここにいる全員が分かっていたので、大人しくくじを引く順番を決めていた。
「では、司波深雪、沓子、桜井水波、私、栞、香蓮の順番でくじを引きます」
「普通にじゃんけんで決めるんだな……」
それなら部屋割もじゃんけんで良いのでは、と達也は思ったがそれは口にしなかった。それとこれとは別だと言われるのが分かっているのと、言っても無駄だと分かっていたからだろう。
「お兄様は全員が引き終わるまで待っていてください。そして、深雪と一緒に生活する準備を――」
「一応言っておきますが、泊まる部屋は毎日変えますからね」
「……君たちの目的はなんなんだ」
二泊三日だとは聞いているが、何をしに来たのかも、どんな用事があるのかも達也は聞いていない。おそらくはこれだろうと、思い当たる節はあるのだが、それを口にするのは自惚れだろうと思っていたのだった。
そして全員がくじを引き終わり、全員が祈りながらくじを開く。その結果――
「よろしくお願いしますわ、達也様」
「ああ、よろしく愛梨」
――愛梨が達也の部屋で寝泊まりする権利を得たのだった。
夕食が終わり、そろそろ風呂に入るかと達也が考えだした頃、再びくじの入った箱が香蓮によってもって来られた。
「今度はなにを決めるくじだ?」
「効率よく入浴する為に、二人一組で入る事になりました」
「そんな勝手に……」
自分を見る複数の視線に、達也は無言で白旗を上げた。実戦ならどんなものでも分解出来る達也だが、意外と数の力には弱いらしい。その中に妹が混じっているのだから尚更なのかもしれないが。
「愛梨は達也さんの部屋で寝るんだから、今回は除外で」
「それはいけませんわ。あくまでも公平を期す為のくじ引きですわよ」
「一緒の部屋で寝て一緒にお風呂では不公平じゃろうが」
「今回ばかりは愛梨の考えには賛成出来ません」
「……分かりましたわ。その代わり、明日のくじ引きは参加しますからね」
達也としては自分一人で――自分のペースで入浴したかったのだが、こうなってしまってはどうしようもない。せめて自分の事情を知っている深雪か水波になれば説明の手間が省けると考えを改めていた。
しかし運命の神は何処までも達也に非情だった。くじ引きの結果、達也と共に入浴するのは沓子に決まったのだ。
「普段から神に仕えておるわしじゃから、このような幸運に恵まれたのじゃろう」
「沓子さん! 分かってるとは思いますが、巫女と言うのは神聖な身体じゃ無ければ務まりません。くれぐれも一線を越えてしまわないように」
「愛梨こそ夜に達也殿のベッドに忍び込もうなどと思わぬようにの」
限りなく物騒な会話を聞いて、達也は痛む頭を押さえていた。この後の説明もだが、背後から突き刺さるような視線を向けてくる妹に、どう接すればいいのか頭を悩ませていたのだ。
「では達也殿、一緒に参ろうかの」
「分かった」
「お兄様、何かございましたらお申し付けください。深雪が全てを解決致しますので」
「あまり物騒な事は考えるな」
一応の釘を刺し、達也は沓子と一緒に風呂場へ向かう。湯着があれば身体の傷も隠せたかもしれないが、自宅で湯着を着る習慣は無く、そもそも湯着はこの家には無かった。そして当然の結果と言うべきか、沓子は達也の全身にある傷痕に驚いた表情を見せていた。
「達也殿……この傷痕は……」
「みていて気分が良いものでは無いだろ。だから俺はなるべく海にもいかないしこういう事もしたくなかったんだ。今回は仕方なかったがな」
「随分と苦労してこられたのだの。これだけの努力の後があるなら、一条や吉祥寺が敵うはずもないのも納得じゃ。安心せい、わしはなにも見て無いしなにも言わない。じゃから気にせず入浴するとしようぞ」
そう言いながら沓子は、無邪気な笑顔を浮かべて達也にしがみついた。主張が大人しい胸を達也の腕に押し付け、そのまま浴室へと引っ張っていく沓子。他意はなさそうだが一番厄介そうだと思いながらも、達也は沓子を振りほどく事はしなかったのだった。
皆さまも体調を崩さないようにお気をつけください