劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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自分は部屋に誰か入って来た時点で起きますね、高確率で……


境界線

 二十二時を過ぎてお茶会はお開きになった。幹比古とレオと、一応男ということでケントに雫とほのかと美月を送らせ、深雪と水波は後片付けを手伝うという名目で残った。深雪が達也と同じ部屋に泊まっているのは公然の秘密、とはいえほのかたちの見ている前で達也の部屋へ戻る度胸は深雪にも無かった。彼女はまだそこまで開き直っていない。ほのかや雫の方でも、達也と深雪が仲良く一つの扉の向こうへ消えていく姿を見たくなかった。

 深雪がここに残ったのは三人の思いが上手く交差した結果だ。水波が一緒に残ったのは、せめて後片付けだけでもという「メイドの使命感」の比重が高かった。そして水波の矜持は存分に満たされていた。なぜなら、ピクシーは達也に言い付けられた他の仕事に掛かりきりでテーブルの片付けに参加しなかったからだ。

 ピクシーは今、達也の見下ろす視線の先でキャンプ用の椅子に座っている。瞼を閉じ、両手で耳を塞いで。機械的にはこの動作は無意味だが、ピクシーがこういう人間的な姿勢を取っているのは、機械部分以外の感覚を働かせているからである。

 

「どうだ。探知できたか」

 

『同胞の反応は感知できません』

 

 

 正面に立って問いかける達也に、ピクシーは能動テレパシーで答えた。彼女はお茶会終了直後から、達也に命じられて女性型ロボットに憑依融合させられたパラサイト、パラサイドールの中身の所在を探っているところだった。

 黒羽家のもたらした情報によれば、パラサイドールとピクシーは本質的に同じものだ。パラサイトは同類を感知できる。人間を宿主にした個体同士だけでなく、人間を宿主にした個体と機械を宿主にした個体の間でも相互に探知可能な事は二月の事件で証明済みだ。

 ピクシーがパラサイドールの所在を感知出来ないのは、パラサイドールがその存在を捉えられない状態にあるからだ、と達也は考えた。パラサイトが機械の個体同士に限って感知できないという事はあり得ない、かといって九島家がパラサイドールをまだここに運び込んでいないというのも考え難い。

 

「(休眠状態にしているのか。随分と用心深いな……)」

 

「達也兄さま、後片付けが終了しました」

 

「そうか……ピクシー、ご苦労だった」

 

 

 ピクシーを労い、車内に戻って内側からロックした上でサスペンド状態に移行するよう命じ、達也は深雪と水波を連れてホテルへ戻った。

 

「(活性の低い個体は感知し難いらしいからな……九島の技術者もそれを知っているのだろうか?)」

 

 

 部屋に戻る間も、達也はピクシーから聞いた情報を頭の中で処理していた。その横顔を、深雪が心配そうに眺めていた事に、達也は気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪は今、ベッドの脇に座っていた。中途半端な時間に目を覚まし、愛しい兄の寝顔を見ていた。達也は眠りが深い質だが、寝起きが良いのだ。起きると決めた時間には確実に目を覚ますので目覚まし時計は必要ない。体内時計だけで正確に覚醒する。

 また、悪意や害意には眠っていても敏感に反応するし、悪意が無くとも一定以上近づけば、達也の意識は眠りから浮上し閉ざしていた目を開ける。その距離は、境界線は、時と場合でまちまちだが、深雪は自分が何処まで近づけるのかを知りたがっていた。自分がいても良い距離はどの程度なのかを。

 

「(私はお兄様に何処まで許されているのだろう……)」

 

 

 不意に深雪は寒気を覚えた。真夏とはいえ気温の低い夜明け前に、真夏用の薄い寝間着では身体が冷えるのも当然だ。ここで深雪の意識はおかしな方向にさまよいだす。

 

「(お兄様は寒くないのかしら?)」

 

 

 熱を出した病人にするように、深雪は達也の額へ手を伸ばした。ハッキリとしているようで実はボンヤリとしている意識に、最前までの懸念「起こしてしまうかもしれない」という恐れは無かった。

 

「(冷たい……大変、暖めなきゃ)」

 

 

 種を明かせば眠っている達也の体温が下がっているのに加えて――無駄な代謝を行わない達也の身体は元々平静時体温が低い――寝不足で疲労している深雪の体温が上がっているのでそう感じられるだけだ。

 

「(ええと、こういう時は肌を寄せ合うのが良い……だったかしら? 服を脱ぐのは無理だけど……お兄様、深雪が暖めて差し上げます)」

 

 

 最低限の羞恥心は残っていたようで、深雪は達也を起こしてしまうかもしれないという躊躇を忘れ、そっと達也の隣に潜り込んだ。既に夢現の深雪は、達也にしがみついたまま本格的に夢の世界へ旅立った。

 妹の寝息が規則正しいものになったのを確認して、達也は閉じていた瞼を開いた。

 

「(やっと眠ってくれたか……)」

 

 

 自分の胸に置かれた深雪の腕を優しく退けて、達也はゆっくりとベッドの外へ脱け出した。本当は深雪が自分の額に手を伸ばした時点で目を覚ましていたのだが、妹の様子がおかしかったので、寝たふりをして様子を伺っていたのである。

 

「(ゆっくり眠るんだな)」

 

 

 達也は音を立てぬよう注意しながらラフな服に着替え、眠っている深雪の髪を撫でて早朝の空気を吸いにそっと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食のサンドウィッチを持って、達也と深雪は本部テントへ入って行く。

 

「おはようございます」

 

「あっ、おはようございま、す……?」

 

 

 二人に返事をしながら、あずさは首を傾げた。その所為で挨拶が中途半端になってしまった。

 達也の背中に続く深雪が妙に、というか物凄く恥ずかしそうにしているのだ。あずさの見るところ、二人の距離が何時もより少し広い。そして深雪の目尻がやや赤くなっており俯いている。

 

「……何かあったんですか?」

 

「何か、とは?」

 

 

 あずさがそう訊ねたのは、漠然とした不安を気の所為として解消したかったからなのだが、有無を言わせぬ口調で達也から反問され、それ以上何も訊けなくなってしまったのだった。




敏いんですが、踏み込めないあーちゃん……

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