劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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黒羽親子はカットで


帰京

 達也がパラサイドールを発見した、その同時刻。フロントから深雪たちの泊まる部屋に電話があった。

 

「――はい。はい……少々お待ち下さい」

 

 

 マイクとスピーカーがアームで繋がっている古風なデザインの電話を取った水波が、スピーカーの口を押さえて深雪の方へ振り向いた。

 

「深雪姉さま、面会のお客様がお目見えだそうです」

 

「面会? 私に? お名前をお伺いして」

 

「はい」

 

 

 マイクを通してフロントと二言、三言やり取りをした水波が、今度は少し緊張した面持ちで振り返る。

 

「黒羽貢様と亜夜子様です。ロビーにいらっしゃるそうですが」

 

「すぐに降りていきます、とお伝えして」

 

 

 緊張が水波から深雪に伝染した。水波にそう指示して、深雪は慌てて鏡の前へ向かった。

 深雪が水波を伴いロビーに赴くと、そこには確かに黒羽親子の姿があった。

 

「おや、深雪ちゃん。お久しぶり」

 

「叔父様、ご無沙汰しております。亜夜子ちゃんは三ヶ月ぶりね。春の一件では色々と力を貸してくれてありがとう」

 

「どう致しまして。達也さんと深雪お姉さまのご尽力があったればこそです」

 

 

 亜夜子の笑顔の中で瞳が挑戦的な光を放っているのを、深雪は見逃さなかった。

 

「立ち話もなんだから座って話そうか。そこの君、桜井水波君だったね。君もついて来なさい」

 

 

 貢が深雪と水波に提案という形の指示を出す。深雪には貢に従わなければならない義務など無かったが、逆らう理由も無いので大人しくその背中に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪が貢からの話を聞いている頃、達也は旧第九研の特に想子濃度が濃い一角の状況を視て首を傾げていた。

 

「(これは? 精神干渉系魔法のようだが)」

 

 

 ルナ・ストライクに似た術式が、全てのガイノイドに仕込まれているのを、達也はエレメンタル・サイトで視た。

 

「(ルナ・ストライクは幻影の衝撃により意識を麻痺させることで意思の抑圧を強制的に緩めて感情を暴走させるものだ。これは……パラサイトを暴走させる魔法か?)」

 

 

 兵器を故意に暴走させる、その無意味さに達也は困惑を覚えた。その時、情報端末のアラームが鳴った。達也の意識が情報の次元から物質の次元=この世界へ引き戻される。それは緊急メールの着信を告げる音、達也は素早くメッセージを開いた。発信元は空白、自宅に送りつけられたメールと同じだ。文面は「今すぐこの場を離れなさい」。

 達也がメールの送り主の正体に確信を持った直後、魔法攻撃の兆候が彼の「眼」に映った。

 放出系・電撃の魔法と精神干渉系の幻覚魔法。完全に不意を打たれていた。今からCADを抜いても間に合わない。瞬時にそう判断した達也は、想子を宿した両手を勢いよく打ち鳴らした。

 柏手の音と共に、爆発的な想子が撒き散らされる。術式解体、想子の圧力により魔法式を吹き飛ばす対抗魔法。方向性が与えられていない分、何時もより大量の想子を使用した術式解体により、あたりは高濃度の想子で覆われた。

 達也は飛び乗るようにしてバイクに跨り、最速の手順で発進した。濃密な想子の霧が魔法的な煙幕になって、旧第九研からの追撃を妨げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、東京へ帰りの車中、昨日とは対照的に深雪は沈んだ顔をしていた。本人は何時もと変わらずにいるつもりだったが、達也の目には妹の笑顔が曇っているように見えた。八雲と合流し、リニア列車に乗って個室で向き合って座った深雪に達也は違和感を覚え、そして無理をして笑っている様な表情になったのだ。

 

「深雪、何かあったのか? それとも何か気がかりな事でも……」

 

「達也兄さま」

 

「いいのよ、水波ちゃん」

 

 

 水波が庇って達也の問いを遮ろうとしたが、深雪がそれを更に遮って、ポーチの中へ手を入れた。差し出されたのは携帯端末用の小型データカードだった。

 

「これは?」

 

「昨晩、ホテルで黒羽の叔父様と亜夜子ちゃんからお預かりしました」

 

「ホテルに訪ねてきたのか?」

 

「ああ、うん。あそこは四葉系列のホテルだからね。まずかったかな?」

 

 

 達也の疑問に飄々とした空気を纏ったままの八雲が答える。達也の視線が鋭いものに変わったが、隣に座っている八雲は動じた様子も無かった。

 

「中身はP兵器――パラサイドールのデータと、今回の実験に関する調査結果だそうです」

 

「パラサイドール……それがP兵器の正体か」

 

「亜夜子ちゃんはそう言ってました」

 

 

 貢が、ではなく、亜夜子が。それを聞いて、深雪が落ち込んでいる理由を達也は察した。

 

「達也君、その中をみせてくれないか」

 

「師匠、もうすぐ駅ですよ」

 

「まだ十分近くあるじゃないか」

 

「もう十分を切っています」

 

「良いんですよ、お兄様」

 

 

 達也は深雪の事を考え、家に帰ってから端末を開くつもりだったが、八雲にはそんな考慮は関係なかった。深雪が達也の考慮を不要と告げたので、達也は自分の端末から有線接続用のケーブルを引っ張り出した。

 

「師匠、端末はお持ちですか」

 

「大丈夫。持って来ているよ」

 

 

 八雲が自分の端末にケーブルを繋いだのを確認して、達也は深雪から受け取ったカードからデータを再生した。中身は文字と簡単な図表だけだったので、何時ものように高速でスクロールする。八雲はそのスピードに難無くついてきた。普通に読めば十五分から二十分はかかる情報量を三分で目を通し、八雲は微妙に満足げな表情を浮かべた。

 

「足を運んだ甲斐があったね」

 

「これは……大亜連合から亡命してきた方術士のデータですか?」

 

「先週密入国した大陸の方術使いだよ」

 

 

 達也の問いに日時に関する情報を上乗せして八雲が頷く。

 

「タイミングが良すぎるように想われますが」

 

「偶然じゃないだろうね。彼らは今回の実験を利用しようとする者に招かれたのだろう」

 

「利用しようとする? 彼らを招いたのは九島家の意図ではないと……いや、そうか」

 

「今回の一件も一筋縄じゃいきそうにないね。分かってしまえば単純な構図なのかもしれないけど」

 

 

 真に八雲の言う通りだ、と達也は思う。一つの謀略に準備過程で別の意思が絡み付き、実行段階で更に様々な思惑が載せられて行く。結局、事件の本質がなんだったのか、全てが終わった後でなければ分からない……。

 その時、もうすぐ駅に到着するというメッセージが個室のパネルに表示された。

 

「水波、ご苦労様」

 

 

 時間切れ、この場はここでお開きだ。そういう意図を込めて、達也は水波に声をかけた。水波がフッと力を抜くと、途端に繰り返されているアナウンスが達也たちの耳に届く。水波が張っていた想子シールドと遮音フィールドが解除されたのだ。

 達也は水波の頭を軽く撫でて労い、水波は満足そうに目を細めたのだった。




500が見えてきたな……

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