劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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なんかJRのCMみたいなタイトルに……


奈良へ

 月曜日、周公瑾は約束通りの時間に九島真言の許を訪れた。真言は彼を迎えて、亡命方術士を研究所で引き受けると回答し、周と真言は共に満足げな笑みを浮かべ握手をして別れた。そしてこの会見は厳重な緘口令にも拘らず一時間後に九島烈の知るところとなった。

 

「……お聞きいただいた通り、真言殿は亡命方術士の受け入れを約されました。これに当たって周公瑾は特に報酬や条件を要求していないとのことです。件の方術士をこちらに潜り込ませる事自体が目的なのでしょう」

 

「そうか」

 

「このまま座視してよろしいのですか、先生」

 

 

 僧侶のように頭をそり上げた背広姿の老人の報告に、総白の髭を綺麗に撫でつけ三つ揃えを隙なく着こなした九島烈がゆっくり頷く。烈を先生と呼ぶこの老人は九の数字付き、九鬼家の前当主で名を九鬼鎮という。

 

「構わない。計画に修正を加える必要はあるが」

 

「と仰いますと?」

 

「偶々九校戦と同じ日に性能試験を行っていたパラサイドールに大亜連合の方術士を使って細工をさせ、九校戦の選手に重い怪我を負わせることで世論を操作しようとした黒幕は強硬派だ。そして強硬派に協力して我々の研究所に方術士を送り込んだのは伝統派に示唆された周公瑾という事になる」

 

「魔法科高校生に犠牲が生じないよう、手配しなければなりませんな……」

 

「その心配は無い。九校戦が狙われてると知れば、深夜の息子が必ず動く。例え自分が道化を演じる羽目になっていると知っていても、彼に介入しないという選択肢は無い。そして彼を止める事は誰にも出来ない。例えば風間君や佐伯くんでもな」

 

 

 烈は昨年少しだけ会話した男子高校生を思い浮かべ、小さく息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月も下旬になって、達也も漸く身動きが取れるようになってきた。試験期間を挟み積み重ねられてきた九校戦の新ルール対応も目途がついてきている。何とか時間を捻り出した七月二十一日土曜日の夜。達也は八雲と計画していた旧第九研の調査に踏み切った。

 今達也は奈良に向かうリニア列車の個室で寛いでいた。バスや個型電車を収納して走るトレーラーと呼ばれる遠距離交通機関ではなく、昔ながらの多人数同乗型の列車だ。このタイプの列車は乗り換えなしの利便性より快適性を優先した交通機関として生き残っており、昔の基準で言えばグリーン車両のみの特急電車と表現出来るだろう。

 それで、スパイの真似事に行く達也が何故そんな贅沢をしているのかというと、その理由は同行者にあった。

 

「思ってたより快適な乗り心地ですね、お兄様。それにスピードも随分速いように感じられます」

 

 

 現在この個室の乗客数は四人。当初の予定では達也と八雲の二人だけだったのだが、「連れて行ってください」と訴える深雪に押し切られ「深雪さまが旅行するならばそのお世話を」となし崩し的に水波が同行する事になったのだ。

 奈良駅で降りた達也たち一行は、そこで二手に分かれた。予め聞かされていた事だが、八雲が別行動を希望し京都方面行きのキャビネットに乗り込んだ。それを駅で見送った達也たちは、まずホテルにチェックイン。部屋で荷物を解いて早速着替えだ。達也はライディングスーツに着替えブルゾンを羽織る。素材が進歩しているといっても真夏にこの格好はさすがに暑いのだが、両脇のCADを隠す為にはやむを得ない。一時的な気休めにしかならないが、ブルゾンの下に冷却材を吹き付けて準備完了だ。

 達也が部屋を出ようとした時、ある意味予想通りの一悶着があった。

 

「……ではどうしても、私を置いて行かれるのですか」

 

「危ないからな。連れていけない」

 

「決して足手まといにはなりません!」

 

「そもそも若い女の子が出かけるような時間じゃない。深雪、お前は素行の悪い娘なのか?」

 

 

 現在の時刻は午後九時少し前。習い事がある日は平気で外出している時間だ。達也も我ながら説得力が無いと思いつつ口にした投げ遣りなセリフだったが、意外に効果があった。

 

「っ……分かりました。お兄様のお言いつけに従います」

 

「水波、深雪の世話を頼む」

 

「かしこまりました」

 

 

 深雪の反応に達也は内心首を捻ったが、時を無駄に出来る状況では無い。使える時間は今夜だけなのだから。達也は水波に世話という名の監視を命じ、水波の返事を聞いて部屋を出た。彼女の声から職務を果たせる喜びが隠しきれずにこぼれ落ちていた事に頭痛を覚えそうになった為に、達也は必要以上に速く部屋から出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京で予め手配しておいたレンタルバイクでホテルを後にした達也は、旧第九研へと向かった。といっても中に入る事は出来ない。その為の理由も名目も無い。彼は研究所前の公道、街灯と街灯の丁度中間地点、その光が最も弱くなるところでバイクを路肩に停めた。

 達也はバイクのシート前についているサイドバッグから情報端末を取り出し、地図アプリを立ち上げて道を確認しているふりを装って、エレメンタル・サイトを研究所内に向ける。現在の旧第九研は知覚系魔法の開発を研究テーマとして掲げている。実態は別かもしれないが、名目にしている以上知覚系統魔法の開発をまったく行っていないという事は無いはずだ。

 

「(それでも忍び込むよりはリスクが小さい)」

 

 

 彼は自分にそう言い聞かせて、イデアを俯瞰する眼を使う。最初は研究所全体を視野に収めて。研究所全体を注意深く見ていると、果たして想子の濃度が特に濃い一角があった。そのセクションに「視力」の焦点を絞って行く。

 

「(パラサイトを宿した……女性型ロボット?)」

 

 

 リーナが日本にやってくるきっかけで、最終的に掻っ攫われたはずのパラサイトの反応がそこにあり、達也は二体の内の一体は九島烈が持って行ったのだったと頭を悩ませたのだった。




旅行気分の深雪、これが帰りになると……

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