劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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キナ臭い話が……


変更の裏

 魔法科高校各校を困惑と混乱の渦に放り込んだ通達から、一夜明けた七月三日、火曜日の朝。旧茨城県土浦に置かれた国防陸軍第一○一旅団の司令官室では、旅団長・佐伯広海少将が独立魔装大隊隊長・風間玄信を呼び出していた。

 佐伯少将は今年で五十九歳になる女性士官で、ずっと参謀畑を歩んできた才女だ。光の加減によって銀色に見える総白髪から影では「銀狐」と呼ばれている。最もその容姿は一見、小学校の優しい女校長先生であり、狐のイメージからかけ離れている。

 この司令官室で、二人は他に公言出来ないキナ臭い会話を多く交わしている。そして今朝の佐伯の話は、質問から始まった。

 

「風間少佐、今年の全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称九校戦の競技種目が大幅に入れ替わっているのを知っていますか」

 

「そのような動きがあると言う事だけならば。正式に決まったのでありますか」

 

「少佐にしては鈍いですね。昨日、魔法科高校各校宛てに正式な通知がありました」

 

 

 デスクの前に「休め」の姿勢で立つ風間へ、座ったままで書類の束を差し出す。暫く司令官室が紙をめくる音だけで占められたが、かなりの速さで最後のページに到達した風間が、顔を上げて目で用件を問いかけた。

 

「感想は?」

 

 

 まだ本題には辿りつかないらしいと理解した風間は、大人しく彼女の段取りに付き合う事にした。

 

「これは軍事教練のメニューです」

 

「……言い切ってしまうのもどうかと思いますが、私もほぼ賛成です。今回の競技種目変更は昨年の横浜事変に影響されたものです。国防軍が戦力としての魔法師の有効性を再認識し、その方向の才能を伸ばすよう働き掛けた結果です」

 

「事実としては知らなくても、おそらく誰もがそのように解釈すると思われます」

 

「魔法協会は国防軍のこの要請に、形ばかりの抵抗しかしませんでした」

 

 

 そこで風間が佐伯へ訝しげな目を向ける。

 

「あの方は抵抗しなかったのでありますか?」

 

「九島閣下は反対されませんでした。我が旅団宛てに今回の九校戦に対し協力するよう国防陸軍総司令部から打診がりました。私はこの打診を受け、独立魔装大隊に待機を命じます」

 

「分かりました。我々独立魔装大隊は、別命があるまで待機します」

 

「九島閣下が反対せず、何故か積極的に競技種目変更に賛成したのには、何か裏があるかもしれません。この件ですが、九島家と藤林家が足並みをそろえて何かをしているようです。貴方の副官には細心の注意を払ってください」

 

「分かりました。――大黒特尉については如何しましょうか」

 

 

 九校戦に直接関係するだろう「大黒竜也特尉」、即ち達也について訊ねた風間は、佐伯少将の笑みに背筋を凍らせた。

 

「彼は貴重な戦力です。万が一が起こった場合は、九島閣下だろうと容赦はしません。ですが、今回貴方たちの隊は待機です。大黒特尉にも今のところ知らせる必要はありません」

 

「分かりました」

 

 

 司令官室から出た風間は、響子と達也の二人に少しだけ同情したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦の競技種目変更は、予想通り一高に大混乱をもたらした。大会の公式サイトに詳細が公表された事を受けて、競技種目に関係のあるクラブでは一喜一憂する生徒が大量発生したが、最も影響を被ったのはやはり生徒会だった。

 全ての部活への説明や、何が許可されていて何が禁じられているのか、各競技場の大会ルールを読み込む事から始めなくてはならなかったので、この日校門を出た時には、生徒会役員の全員が疲れ切った顔をしていた。それは達也も深雪も例外では無かった。

 いくら若いと言っても、この消耗は簡単に回復するものでは無かった。だが深雪が達也の寛ぎの一時を捧げる事に対して手を抜くはずも無く、また水波にその役目を譲ろうともしなかった。何時も以上に丁寧な手つきでコーヒーを淹れて、疲れている事など微塵もうかがわせない笑顔で達也の前にカップを置いた。

 

「ありがとう、深雪。今日は疲れただろう、おいで」

 

 

 何時もの一人掛けでは無く三人掛けのソファに座っていた達也が、自分の隣をポンポンと叩いた。

 

「はいっ!」

 

 

 一瞬目を見張った深雪が、嬉しそうに兄の隣へ腰を下ろす。幸せいっぱいの表情の深雪だったが、困惑気味に声を掛けてきた水波の所為でその表情にはすぐ影が差した。

 

「達也様、メールが届いております。その……差出人が無いのですが」

 

「無い?」

 

 

 暗号化されたメールを、手元の無線コンソールで直接ディスプレイに表示して、デコーダーを立ち上げ、表示された文字列を読み込ませる。暗号のタイプは国防陸軍で共通利用されているもので、差出人不明のままでこんな物を送りつけてくる相手を、達也は一人しか知らなかった。

 

「嘘でしょう……?」

 

 

 兄の邪魔にならないように少し距離を開けていた深雪が思わずそう呟いてしまった。それくらい酷い情報だったのだ。

 

「新兵器の実験ね……鵜呑みには出来ないが、頭ごなしに否定も出来ないか。国防軍の関与は事実だろうが、匿名の時点で胡散臭いし、もっともらしい嘘に分かりやすい事実を混ぜるのは定石だからな……」

 

「お兄様、如何なさいますか?」

 

 

 気の利いたセリフ一つ出て来ない自分が深雪は歯痒い。自己満足かもしれないが、彼女に出来る事は兄が一人で抱え込まないよう話相手になる事だけだ。

 

「そうだな、明日の朝にも師匠に相談してみるよ」

 

「お兄様、コーヒーのお代わりをお持ちしましょうか?」

 

「ありがとう、頼むよ」

 

「はい、少しお待ちください」

 

 

 深雪がキッチンへ消えていったのを確認して、達也を水波を側に呼び、耳元で話しかけた。

 

「水波、このメールを葉山さんに転送しておいてくれ。暗号強度は最高で」

 

「はい、達也様。畏まりました」

 

「すまないな、水波にまで手間をかけさせてしまって」

 

「いえ、私は達也様と深雪さまのお世話をする為にこの家へ来たのです。達也様もお気になさらず何でもお申し付けください」

 

 

 恭しく頭を下げ達也に命じられた事を実行しに行った水波を見送り、達也は小さくため息を吐いたのだった。




いよいよ達也の平和な放課後が完全に遠ざかった……

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