劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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成人の日ですね。新成人の方々、おめでとうございます。


競技変更

 実技を重要視する魔法科高校にとって、九校戦――全国魔法科高校親善魔法競技大会は極めて重要な行事である。学校サイドにとってのみならず、生徒にとっても。なぜなら九校戦の成績が進路に直結する事もあり、しかもそれが決して珍しい事ではないからだ。となれば、定期試験以上に力を注ぐのも当然かもしれない。

 万事に慎重な第一高校生徒会長・中条あずさは、自校生徒の熱意が無駄にならないよう、例年より一ヶ月も早く九校戦の準備に着手した。その甲斐あって試験直前にバタバタする事も無く、余裕を持って準備が整う見込みだった。だが西暦二〇九六年七月二日月曜日、予想外の知らせが飛び込んできたのだった。

 放課後、達也と深雪は何時ものように生徒会室へと向かった。来週は定期試験だが、生徒会の活動はそんなものに関係なく行われる。とはいえ前述の理由で今年は例年に比べ役員に掛かる負荷はむしろ軽減されている。

 いつものように生徒会室の扉を達也が開け、その直後部屋の中から漂い出てきた重たい空気に、達也は思わず足を止めてしまった。

 

「お兄様? どうなさ……」

 

 

 セリフの途中で部屋の中を覗きこんだ深雪も、思わず固まってしまった。二人の視線の先ではあずさがこの世の終わりのような絶望感を放ちながら頭を抱えていたのだ。

 

「あっ、二人ともご苦労様」

 

「お疲れ様です、五十里先輩。いったい何があったんですか?」

 

 

 決心すれば回りくどい真似をしないのが達也の流儀だ。頭を抱えたままのあずさに構わず、途方に暮れた顔のまま話しかけてきた五十里に事情を訊ねた。

 

「いや、それがね……」

 

「九校戦の運営委員会から今年の開催要項が送られてきたんです」

 

 

 歯切れの悪い五十里に代わって、未だに顔を見せないままのあずさが達也の質問に答えた。

 

「ああ、もうそんな時期ですね」

 

「詳細も明日、公式サイトに公開するとのことでした」

 

「そうですか。それで、何が問題だったんですか?」

 

「何もかもです! 開催要項は競技種目の変更を告げるものでした!」

 

「……何が変わったんですか?」

 

 

 勢い良く顔を上げたあずさに若干引き気味の達也だったが、それ以上怯む事無くあずさに訊ねた。

 

「三種目です! スピード・シューティング、クラウド・ボール、バトル・ボードが外されて、新たにロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウン、スティープルチェース・クロスカントリーが追加されました。しかも掛け持ちでエントリー出来るのはスティープルチェース・クロスカントリーだけなんですよ! その上、アイス・ピラーズ・ブレイク、ロアー・アンド・ガンナー、シールド・ダウンはソロとペアに分かれているんです!」

 

 

 あずさが両手で机を叩いて力説する。ここに至り、達也は妙な納得感を覚えた。つまり早めに準備していた事が全て無駄、準備の良さが裏目に出てしまったわけだ。

 

「あの、お兄様。ロアー・アンド・ガンナー? やシールド・ダウン? スティープルチェース・クロスカントリー……とはどのような競技なのですか?」

 

「俺が知っているルールがそのまま適用されるとは限らないが……」

 

 

 達也はそう前置きして妹の疑問に答えてやる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 競技の説明を終えた達也は、引っかかりを覚えていた事をつい零してしまった。

 

「ロアー・アンド・ガンナーとシールド・ダウンはともかく、スティープルチェース・クロスカントリーは高校生にやらせる競技じゃない。運営委員会はいったい何を考えているんだ?」

 

 

 なじるように呟いた達也に五十里からとんでもない情報が追加された。

 

「しかもスティープルチェースは二年生、三年生なら男子も女子も全員エントリー可能。実質的に一年生以外全員参加だね」

 

「……余程しっかり対策を練らなければ、ドロップアウトが大勢出ますよ」

 

 

 達也の言うドロップアウトは、競技からの落伍者ではなく魔法師人生からのドロップアウトだ。

 

「そんな……!」

 

 

 その可能性には思いいたっていなかったのだろう。あずさは絶望感を漂わせる呻き声を上げて再び机に突っ伏した。

 

「こうなった以上、選手の選考をやり直すしかないよ」

 

「………」

 

「幸いまだ時間はあるから! それに準備してきた事がまったく無駄になってしまったわけじゃないし!」

 

「………」

 

「スティープルチェース対策もきっと何とかなるって! だから、ねっ、中条さん。今は――」

 

 

 九校戦の準備だけに感けてる程生徒会は暇ではない。だから五十里は一生懸命あずさを現実に復帰させようとしていた。机に伏したあずさの肩を優しく揺すっていた五十里は、背後から冷たい視線を受け凍りついた。

 

「啓?」

 

「……花音?」

 

 

 五十里がぎこちない動作で風紀委員会本部に続く階段の方へ振り返ると、そこには予想通り彼の婚約者が立っていた。笑いながらこめかみに青筋を浮かべて。

 

「け~い~。なぁにしてるのかな~?」

 

「えっ、いや、何って」

 

「中条さんに覆い被さって、いったい何をするつもりだったのかな~?」

 

「誤解! 誤解だよ!」

 

 

 五十里が懸命に首を振る一方で、あずさは部屋の隅へ避難している。来月の九校戦より目の前の修羅場に対応する事を選択したのだろう。

 

「中条先輩、選考から参加競技の話合いは服部会頭にも手伝ってもらいましょう。事情が事情ですし、会頭も承諾してくれると思います」

 

「そうですね……服部くんに手伝ってもらいましょう」

 

 

 達也は目の前の修羅場には興味も向けずに、九校戦の問題を片づけることを選択した。生徒会長が何時までも現実復帰してくれないと、彼も仕事が終わらないのだ。深雪と泉美は暫く修羅場を見てアイコンタクトで会話をしていたが、それも長くは続かずに作業に戻った。

 結局誤解が解けるまで生徒会室には底冷えする殺気が撒き散らされていたのだが、花音の殺気程度で怯むような役員は、幸か不幸かあずさしかいなかった。よってあずさが修羅場から興味がそれた事によって、当事者たち以外は普段通りの光景に戻ったのだ。すぐ傍から聞こえる五十里の必死の言い訳には、誰一人耳を傾けなかったのだ。




名前長すぎ……あと説明全カットしました。

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