劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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実に優秀な人だ


生徒会業務

 六月最後の週、定期試験を間近に控えた放課後にも拘わらず、国立魔法大学付属第一高校生徒会室には打撃音と電子音と時折発せられる質疑応答報告相談の小さな声が飛び交っていた。午後最後の授業が終わってから約一時間後。その長くも無い時間の経過後、達也が立ち上がりあずさの前に立った。

 

「会長、自治委員会と風紀委員会からの報告および提言は全て決裁待ちのディレクトリに整理しておきましたので、明日までに確認しておいてください」

 

「分かりました。……あの、司波くんが最後まで処理してくれて本当に構わないんですよ」

 

「そういうわけにもいきません」

 

 

 彼の力量を信頼しているなのか、あるいは単に面倒くさいだけなのか、あずさの丸投げ発言に達也は素っ気なく首を左右に振った。

 

「では、失礼します」

 

「お疲れさまでした」

 

 

 まだ閉門の時間には程遠い。他の役員は皆、仕事を続けていて立ちあがるそぶりも無い。だがあずさは達也の「エスケープ宣言」を当たり前のように受け容れねぎらった。実のところ達也の早退はあずさの指示、というか懇願によるものだった。

 現在の生徒会役員は会長、副会長二名、会計、書記二名の六人。去年の同時期より一名多い。ただでさえ一人当たりの仕事量は減っている計算になるのだが、そこに達也が加わる事によって事態は好転し過ぎていた。要するに、達也の処理能力が高すぎるのだ。

 生徒会には学校の運営上必要な仕事が多数委任されている。これは魔法科高校に限った事では無く、二十一世紀末現在の一般的な風潮だ。しかし学校の経営を左右するような重要案件まで生徒に任せているわけではない。生徒会業務のほとんどは簡単な判断と、それなりに手間がかかる整理と、本当に手間がかかる事務作業からなっている。

 そして達也がその処理能力をフルに発揮すれば、判断作業と事務作業は一人で余裕を持って終わらせてしまうのである。

 

「司波先輩、少し教えてもらいたいのですが」

 

「あぁ、そこは――」

 

 

 生徒会室を出る前、泉美が達也に話しかけ作業で分からない点を訊ねる。入りたての頃は深雪に訊く事が多かった泉美だが、今は達也に訊ねる事が殆どだ。あの琢磨との模擬戦の後で、泉美は達也の事を出来る限り調べ、そして尊敬に値する人だと理解し、そして少しばかり意識しているのだ。

 泉美への説明を終えた達也は、視線を妹へと向け、そして短く声をかけた。

 

「深雪」

 

「はい、お待ちしております」

 

「達也さん、私もご一緒してもいいですか?」

 

「構わないよ」

 

 

 深雪に後で迎えに来ると伝え、書記のほのかが駅までの同行を申し出たので、達也は笑顔でそれを承諾する。少しずつではあるが、達也もほのかの事を特別だと思えるように努力し始めたのだ。そんな達也の若干不自然な笑顔に、ほのかは胸を躍らせ作業の手を早める。生徒会室を後にする達也の背中を、泉美が少し寂しそうな視線でこっそり見ているのを、達也以外の生徒会役員は気づく事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これからクラブ活動に向かうには中途半端な時間、それ故に無人だった更衣室で野外演習服に着替えた達也は、制服の入ったバッグを自分の教室のロッカーにしまってから学校裏の演習林へ向かった。この人工の森林は魔法の訓練の為だけでは無く、軍人や警察官、レスキュー隊員などの進路を志願する生徒のニーズを満たす為に体力増強のトレーニングにも役立つよう木々の密度や起伏が計算され、池や砂地や走路が配置され、様々な機械が設置されている。故にここを活動拠点とするクラブは魔法競技系のものだけではない。純粋に肉体的な野外活動を目的とするクラブにも利用日が割り当てられていた。達也が訪れようとしているのも、そうした非魔法競技系クラブの一つだった。

 

「よう、達也」

 

「達也兄さま」

 

 

 彼が挨拶するより早く、友人から声が掛かり、その声で気づいたのか大きな薬缶を手にした水波が達也に駆け寄りペコリとお辞儀をした。

 

「邪魔するぞ、レオ。水波も頑張っているようだな。ところで県部長はどちらだ?」

 

 

 二人に手を上げて応え、責任者の所在を訊ねた。

 

「ここだ」

 

 

 質問に対する答えは本人から返って来た。

 

「部長、本日もお世話になります」

 

「おう、ゆっくりしていけ。もしよかったら一年生どもを少ししごいてやってくれや」

 

 

 山岳部部長、県謙四朗の言葉に生きる屍と化した部員の半数が身体をビクッと震わせたが、立ちあがって逃げ出す事の出来た者はいなかった。

 

「そうですね。コースを一回りした後で良ければ」

 

「一回りした後か、余裕だな……それに比べてお前らは! たかが林間走十キロ程度でだらしないぞ! 西城を見ろ、ぴんぴんしてるじゃないか」

 

「……レオと一緒にせんでください」

 

「泣きごとを言うな。三年はもう一周余計に走っているんだぞ、さあ、何時まで寝転がっている。お前らはまだ死んでいないぞ」

 

 

 県の言葉で二年生は力を振り絞り立ちあがったが、一年生部員には意地を張る余力も無かった。

 

「仕方ねぇなぁ……桜井っ! やれ」

 

「はい」

 

 

 県の指示に、水波が手に持つ薬缶を傾けた。

 

「熱湯か?」

 

「いんや。精々四十五、六度程度だ」

 

「今の季節、冷たい水だと気持ちが良いだけでそのまま寝ちまうヤツがいたからな」

 

 

 次々とお湯を掛けられ飛び上がる一年生の脇で、達也とレオと県はそんな話をしていた。

 

「なあ達也。桜井は何でウチの部に入ったんだ?」

 

「今更だな」

 

「いや、前から気になってはいたんだがよ……桜井の魔法力ならあちこちから引く手数多だったんじゃねぇか?」

 

「身体を鍛えたいから、と言っていたな」

 

「一年生の女子であれだけ動ければ十分だと思うんだがなぁ」

 

「水波にも思うところがあるのだろう」

 

 

 実を言うと、水波が部活に参加している第一の動機は時間潰し。生徒会役員の達也たちと帰りの時間を合わせる為だ。この理由は、達也も口にするのを憚られた。




体力お化けのレオでしたとさ……

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