劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あの流れから難しかった……



甘IFルート 泉美編

 達也の秘密――即ち深雪の秘密でもあるのだが――を知った泉美は、何時も以上に緊張感を露わにしている。これが深雪に対してなら、尊敬がそこまでいったのかで済むのかもしれないが、相手が達也だとそうはいかない。生徒会室では珍しくミスを連発する泉美に、会長のあずさがたまらず理由訊ねる……泉美にではなく達也に。

 

「司波君、七草さん、どうしちゃったんですか? 何だか司波君の事をチラチラみてるかと思えば、ミスも連発してますし」

 

「疲れてるのでは? 泉美、代わりにやっておくから保健室でも行ってきたらどうだ?」

 

「い、いえ! これは私の仕事です。司波先輩にお手数を掛けるのは……あっ」

 

 

 再びのビープ音に、さすがの泉美も強がるのを止め、素直に作業を止めて達也に向き直る。

 

「申し訳ありません。これ以上私がやっても迷惑を掛けるだけみたいですし、司波先輩にお願いします」

 

「泉美ちゃん、付き添いは大丈夫?」

 

「は、はい! 大丈夫です」

 

 

 敬愛する深雪に声を掛けられても、泉美の緊張は解かれなかった。むしろ何時も以上に硬い、そんな印象を達也以外の生徒会役員は受けていた。

 

「本当に大丈夫なのかな? 司波君、本当に心当たりは無いの?」

 

「心当たりと言われましても……七草家の事情とかですと俺にもサッパリですよ」

 

「そうだよね……どうしちゃったんだろう」

 

「心配ですよね……」

 

 

 人を疑う事を善としない五十里とあずさは、達也の言葉にあっさりと騙され納得して作業に戻る。だが事情を知っている深雪は、複雑な思いを抱えた表情で兄を見つめていたのだった。

 

「深雪? 手が止まってるけど」

 

「大丈夫よ。もうすぐ終わるから」

 

 

 そして達也を疑う事などしないほのかは、深雪の表情を見て真実の一端を垣間見えるチャンスをふいにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体調が悪いわけでもないのに保健室で横になっていた泉美は、保健室の扉が開く音に気付き身体を起こした。保険医の安宿怜美でも戻って来たのかと思ったのだが、顔を見せたのは、今一番会いたくない相手だった。

 

「泉美、具合はどうだ」

 

「司波先輩……私がミスした理由なんて、司波先輩にはお分かりですよね?」

 

「そんなに驚く事か? 七草先輩は俺を数字落ちだと疑ってたみたいだが、やはり観察眼はあの人の方が上か」

 

「数字落ちなんて生易しい物じゃ無かったじゃないですか! 先輩が――」

 

「それ以上はここでは言うな。理由は泉美が一番良く分かってるだろ」

 

 

 事情を聞かされた時、いくつかの取り決めをしている。その一つが、達也たちの身分を隠すのに協力する事だった。

 

「家まで送ろう。深雪にはもう伝えてある」

 

「ありがとうございます。でも大丈夫で――あっ」

 

 

 無理に立ちあがろうとしたが、どうにも足下がふらついてしまい、そのまま達也の胸に手を突く。そしてそのタイミングで保健室の主が顔を覗かせた。

 

「七草さん、だいじょう……あらあら、お邪魔だったかしら?」

 

「いえ! こ、これは……」

 

「立ちあがろうとした七草さんがバランスを崩しただけです。安宿先生が思ってるような事はありませんよ」

 

 

 そこまでハッキリと言われて、泉美は何となく苛立ちを覚えた。自分たちの事情に巻き込んだついでとはいえ、泉美は表向きには達也の彼女という事になっているのだ。その彼女相手に素っ気ない態度を取る達也に、泉美は苛立ったのだ。

 

「まぁ若い二人がベッドにいるんだから、そう思っちゃっても仕方ないでしょ? でもまぁ、君たちは優等生だもんね。こんなところでしないか」

 

「七草さんはともかく、俺は優等生とは言えませんよ」

 

「司波先輩は自力で魔工科に転科した優等生じゃないですか!」

 

 

 ついこの間まで深雪の付属物としか思っていなかった相手に、何故ここまで熱くなっているのだろうと、泉美は自分の気持ちなのに理解が追いつかない。達也自身が自分の事を卑下するのが、たまらなく嫌なのは何故か。何故こんなにも自分は熱くなっているのか。その事が泉美の頭の中を支配し、許容量をオーバーし熱を発する。

 

「泉美? 顔が赤いが」

 

「あ、あれ……司波先輩が三人……」

 

「司波君、七草さんをお家まで送ってあげてね。多分風邪だと思うから」

 

「分かりました。元々送り届けるつもりでしたので」

 

 

 自分の足では動けないと判断されたのか、達也と怜美の中で泉美を送り届ける事が決定事項として話されているのを聞いて、泉美は何とか立ちあがろうとするのだが、既に足にも力が入らず、達也の腕の中でもがく程度しか動けなかった。

 

「暴れるな。それでは安宿先生、失礼しました」

 

「はーい、お大事にね」

 

 

 達也は素早く泉美を背負い、そのままの格好で駅まで向かう事にした。既に放課後という事もあり人はまばらだが、それでも皆無というわけではない。つまり同級生たちにこの姿を見られているのだ。

 

「恥ずかしい……死にたいです……」

 

「体調不良は仕方ないだろ。それより、人の背中で暴れるな」

 

 

 恥ずかしさから逃げ出そうと必死に身体を動かす泉美ではあったが、体調不良で力が入らず達也を揺らす事しか叶わない。最も、体調が万全であったとしても、泉美の力では達也に対抗する事は不可能だろうが……

 

「まったく、今更恥ずかしがる事も無いだろ。付き合っている事は知られているんだし」

 

「それとこれとは話が別ですよ! あっ……」

 

「叫ぶな。悪化するぞ」

 

 

 一言叫んだだけでふらついた泉美に労わるような視線を向けて、達也は駅までの道のりを急ぐ。本格的に体調を崩す前に家に送り届けようと思っただけなのだが、傍から見れば達也も恥ずかしくなって速度を上げたようにしか見えない。事実、二人に向けられる視線の種類が、嫉妬や羨望から愛しむようなものに変わっている。

 

「これはこれでいいのかしら……」

 

「何がだ?」

 

「いえ、先輩が例えどんな人であろうと、こうして頼りになるのは事実です。そう思えば、あの契約は良かったのかなって思えてきました」

 

「そうか。だが、今は一刻も早く家に帰って養生しなければな」

 

「先輩の家でも良いですよ? ウチより近いですよね」

 

 

 余裕が出てきたのか泉美はそんな冗談を言ったのだった。




若干ツンデレ?

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