劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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甘いのだろうか……


甘IFルート 香澄編

 噂話を逆手に取り、達也との交際をスタートさせた香澄だったが、もちろん順風満帆に事は進まない。ただでさえ付き合う前からあった噂を利用した形なのだ。一度下火になった噂を自分たちから真実に替えたのだから、騒がしくなるのは仕方の無い事だろう。

 

「今日も来てますね、達也兄さまの隠れファンの方が」

 

「いい加減しつこいんだよね……桜井さんにも迷惑掛けてゴメン」

 

「いえ、お気になさらずに。達也兄さまがお選びになられたのです。私は全力で七草さんを援護しますよ」

 

 

 クラスが同じで、ある程度事情に通じている水波は、達也に頼まれなくても香澄の味方でいるつもりだった。もちろん、達也にも頼まれたからこうして香澄と一緒に押し寄せてくる達也のファン――上級生を含む――を追い返すのに手を貸しているのだが。

 

「騒々しいですよ、皆さん。何かご不満がお有りでしたら七草さんでは無く達也兄さまに直接仰られたら如何でしょう? まぁ、達也兄さまに直接お話しになれるのでしたら、このように七草さんが達也兄さまとお付き合いを始めた事に対して文句なんて仰らないのかもしれませんが」

 

「水波、それは煽ってるのか?」

 

「達也兄さま……このような場所に何かご用でしょうか? ご用がお有りでしたら、連絡していただければこちらから出向きましたのに」

 

「偶々通りかかっただけだ。そうしたらこの人ごみで、水波が煽るような事を言っていたからな。それで、この集まりはなんだ?」

 

 

 上級生の達也が偶々一年のフロアを訪れるなど不自然極まりないのだが、水波はあえてその事には気づかないフリをして話を進める。そうでもしないとこの状況を治める事が出来ないから……

 

「達也兄さまと七草香澄さんがお付き合いしている事に対して不満をお抱えになっておられる方々が、こうして七草さんに文句を言おうと集まっているのです」

 

「文句も何も、人が誰と付き合おうが個人の自由じゃないのか? 香澄は七草家の人間だが、跡取りでも無ければ長女でも無いんだ。ある程度の自由恋愛は可能なんだが」

 

「理屈では無いんですよ、達也兄さま。自分たちがどう話しかけようか迷ってる間に、新入生の七草さんがあっという間に達也兄さまとお付き合いを始めた事に嫉妬してるだけなのですから」

 

 

 水波の的確に事実を抉る喋り方に、集まっていた女子たちが揃って視線をさまよわせる。それくらい水波の言い分は的を射ており、反論の余地が無いくらいの事実だったのだ。

 

「そんな事でこれ程集まるのか? いくら放課後とはいえそんなに暇じゃないと思うんだがな……っと、水波」

 

「何でしょうか達也兄さま」

 

「急用が出来たから、今日は深雪と一緒に帰ってくれ」

 

「承りました。それでは達也兄さま、私はこれで」

 

 

 達也の急用が何なのか理解した水波は、香澄に訳ありげな視線を向けてから達也に一礼をしてこの場を去る。残された達也のファンたちは、反論する相手がいなくなってしまった事で勢いをそがれ、そのまま解散するしか無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急用という事で香澄をあの場所から連れ出した達也は、特に行くあても無く街へと繰り出した。付き合ってからそれらしい事をしていなかったので、この機会にでもと思ったのだろう。だが、香澄の方は心の準備も無くいきなりデートという事でかなり慌てている雰囲気だった。

 

「(どうしよう、どうしよう……これってデートだよね? いきなりするものなのかな? こんなならお姉ちゃんにデートってどうするものなのか聞いておくんだった)」

 

 

 そんな事聞かれても真由美には答えようがないのだが、香澄はまさか姉がデート未経験などとは思ってもいなかったのだ。それなりに立場があり、婚約者にと五輪家の長男をと言われている姉の事なので、一度くらいはデートしてるのではないかと勘ぐっているのだが、それは見当外れなのだった。

 

「香澄、随分と静かだが」

 

「ひゃい!? な、何でも無いですよ」

 

「……まだ何も聞いていないんだが」

 

 

 あっさりと墓穴を掘った香澄は、みるみる頬を真っ赤に染め上げ、それにも耐えきれなくなり俯いてしまう。別に辱めを受けた、とかそういう事では無く、自分の失敗がそれ程恥ずかしかったのだろうと、周りの人たちも生温かい目で香澄の事を見ている。

 

「人の目が多いな……何処か入るか」

 

「そうですね……」

 

 

 達也に手を引かれ、手近の店まで誘導される香澄は、とても子供っぽかった様に思われていたのだった。

 

「香澄、何か飲むか?」

 

「じゃあ、ミルクティーを」

 

「コーヒーとミルクティーを」

 

「畏まりました」

 

 

 店員に素早く注文し、達也は飲み物が来るまで口を開かなかった。おそらく会話を中断されるのを嫌ったのだろうと香澄は理解し、こちらからも何も話そうとはしないと決めていた。

 そして飲み物が運ばれてきて、店員が離れたところで達也が口を開いた。

 

「強引に連れ出したのが嫌だったのか?」

 

「い、いえ! 違います……心の準備が出来て無かっただけで、一緒に出かけられた事は嬉しいです」

 

「そうか……実を言うとこういう事は初めてでな。多少強引だったのは謝る」

 

「い、いえ! ボクも初めてだったので、どう反応すればいいのかが分からなくって……でも、緊張してた所為で司波先輩にご迷惑を掛けてたなんて……ゴメンなさい。もう大丈夫です」

 

 

 自分の態度が達也に心配を掛けさせると知った香澄は、多少無理してでも明るく振る舞おうと決めたのだが、空元気である事は達也にお見通しだった。

 

「今度は、ちゃんと時間と場所を決めて出かけるとするか。ちゃんと覚悟を決める時間を作るから」

 

「約束ですよ? それと、お姉ちゃんや泉美ちゃんには内緒で」

 

「? 別に構わないが」

 

 

 姉と妹にこんな事を知られれば格好の弄りのネタにされてしまう。香澄はそう思いながらも次回の約束を今から楽しみにしていた。そんな香澄を見て、達也は微笑ましげな顔でコーヒーを啜ったのだった。

 

「さて、今日はこの後どうするんですか?」

 

「そうだな……ブラブラとするか」

 

「賛成です! じゃあ行きましょう、司波先輩」

 

「『達也』で良いぞ」

 

「……達也先輩」

 

 

 そう呟いた香澄の顔は、今日一で真っ赤だった。ボーイッシュな香澄だが、実に女の子らしい表情だと達也は思ったのだった。




うん、甘かったな……

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