劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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今度は泉美編です


IFルート泉美編 その1

 七宝琢磨との試合を終えたその日、泉美は自宅で悩んでいた。原因は試合後の達也の言葉だった。

 

「司波先輩は香澄ちゃんを気遣った感じがしました……普段の司波先輩は、あんまり他人に干渉したり気を遣ったりする感じがしない人なのに……」

 

 

 生徒会役員として、泉美は達也の事を見る機会が多い。昼食時も深雪を筆頭にほのか、雫、そしてピクシーと彼の世話を焼こうとしているのを見ても「何故こんな人の……」と思う事が多かったのだ。

 確かに仕事は出来るし、物事に良く気が付く人だとは泉美も思っている。だが、それだけで異性として魅力を感じた事は無かったのだ。だが今、泉美は達也の事を思っている。これが異性としてなのか、それとも意外な一面を見せてくれた先輩に対してなのか、泉美は答えを出せずにいた。

 

「そう言えば、お姉さまは司波先輩と親しかったはず。お姉さまなら司波先輩がどのようなお方なのかご存知かも知れません」

 

 

 去年一年間、姉である真由美は達也の人となりを見てきたはずだと思い至り、泉美は姉の帰宅を待ち望んだ。もう一人の姉である香澄にこのような事を相談したとしても、顔を赤くして要領を得ない答えを返すだけだろうと、端から相談するつもりは無かったようだ。

 

『お帰りなさいませ、真由美お嬢様』

 

 

 そんな事を考えていたタイミングで、玄関から侍女の出迎えの声が聞こえてきた。真由美はテキトーに侍女をあしらって部屋へ戻って行くのが何時も通りの行動なので、泉美は少し時間を置いてから真由美の部屋へと向かった。

 

「お姉さま、泉美です。入ってもよろしいでしょうか?」

 

『どうぞ』

 

 

 真由美の返事を受けて、泉美は部屋へと入る。何時もならこの部屋に入る時に緊張などさほどしないのだが、今はかなり緊張していると泉美自身も理解していた。

 

「泉美ちゃん? どうしたの、そんな緊張した顔をして」

 

「ちょっとお姉さまに聞きたい事がありまして」

 

「聞きたい事? 何かしら、いったい」

 

 

 心当たりは無いという顔を真由美がしているのを見て、泉美は自分が聞こうとしている事は姉でも想像がつかない事なのだと、普段の自分なら絶対に聞かないような事なのだと改めて自覚した。

 

「司波先輩の事を、少々教えていただきたいと思いまして」

 

「司波先輩って……達也君の事?」

 

「はい」

 

 

 泉美が肯定を返すと、真由美の態度があからさまに変わった。さっきまでは凄く落ち着いた、姉らしい態度をとっていたのに、今はかなり動揺した、一人の少女のような雰囲気だと泉美には感じられた。

 

「えっと、泉美ちゃんが達也君の事を聞きたいなんて珍しいわね。深雪さんの事を教えて欲しいって言われた方が納得出来たんだけど」

 

「実は今日、七宝くんと対戦をしました」

 

「そうみたいね。事情は聞いてないけど、家の威信をかけた戦いだって聞いてるわ」

 

「ええ。その試合で、私たちも七宝くんもヒートアップし過ぎてしまいました」

 

 

 泉美がそこで一旦区切ったのは、真由美の反応を見る為だ。チラリと視線を向けると、真由美は続きを促すように頷いていた。

 

「最初に言われていたんです『致死性の攻撃、治癒不可能なダメージを負わせる魔法は禁止する』と」

 

「それで?」

 

「七宝くんもでしょうが、私たちもそこまでするつもりはありませんでした。でももし興奮し過ぎたとしても、司波先輩に私たちの魔法を打ち破るだけの魔法なんて使えないだろうとも思っていたのです」

 

 

 再び真由美に視線を向けると、笑いだしそうなのを堪えている表情をしていたように、泉美には見えた。おそらく真由美は、達也の「本当の」実力を知っていたのだろうと泉美は解釈した。

 

「もしかして泉美ちゃんたちは、達也君に強制的に試合を止められた事を怒ってるのかしら?」

 

「違います。確かにあの瞬間は怒りを覚えたのは確かです。ですが、冷静になって考えれば、私たちも七宝くんも些かやり過ぎだったのは確かなのです」

 

「そうみたいね……この魔法はやり過ぎよ」

 

「お姉さま、それは?」

 

 

 真由美が端末を見ながら苦笑いを浮かべたので、泉美は失礼だと分かっていながらも姉の端末を覗きこんだ。

 

「達也君に詳細な試合データを送ってもらったのよ。窒息乱流に熱乱流なんて、相手を殺すつもりだったのかしら?」

 

「そのような考えはございません! 私たちは七宝くんのミリオン・エッジに対抗しただけでした……ですが、私たちは魔法のコントロールを失い、後一歩で七宝くんに過剰攻撃を喰らわせてしまうところでした」

 

「まぁ、七宝くんのミリオン・エッジも、熱乱流を浴びて危険な状況みたいだしね」

 

 

 データを見ながら真由美が数回頷く。おそらくはその光景を想像し、達也が行った判断が間違ってなかったと理解したのだろうと泉美には思えた。

 

「それで、泉美ちゃんが聞きたいのは達也君の魔法の事かしら? 悪いけど教えられる事は何も……」

 

「違います。私が聞きたいのは司波先輩の人となりです。試合後、香澄ちゃんは司波先輩に納得いかないと食って掛り、そのまま部屋から逃げ出してしまいました。残された私はどうすればいいのか悩んでいたのですが、その時に司波先輩が見た事も無い優しげな表情で『納得いかないのなら何時でも相手になる』と香澄ちゃん宛ての伝言を私に授けて下さいました」

 

「達也君らしいわね」

 

「お姉さまにとってはそれが司波先輩らしいのでしょうが、私にとっては意外な他無かったのです。いったいどちらが本当の司波先輩なのでしょうか?」

 

 

 泉美の問い掛けに、真由美は浮かべていた笑顔を消した。それにつられるように、泉美も居住まいを正した。

 

「どっちが本当の達也君かなんて、私には分からないわ。彼の事を全て理解しようなんて、そんな事出来ないししたいとも思わない。彼はパンドラの箱みたいだしね」

 

「パンドラの箱、ですか?」

 

「興味はそそられるけど、全てを知ろうとしたら何か危険があるかもしれない。そんな感じよ」

 

 

 姉の言葉に思い当たる節があったのか、泉美はそのまま押し黙ってしまった。そんな泉美を見て、真由美は再び苦笑いを浮かべていたのだった。




か、香澄より難しい……

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