劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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容赦がないな……


七宝について

 部屋着に着替えて先にソファで寛いでいる兄を、深雪はリビングの入り口で気遣わしげに見詰めた。学校から家までの帰り道の間、達也は何事か考えているようだった。もっともこれは深雪がそう感じたというだけで、達也の態度に常日頃との違いは見られなかった。

 話し掛ければきちんと答えが返ってくる。受身の会話だけでは無く、水波に学校生活の感想を訊ねたり、今日の事が一年の間で早速噂になっていないか情報収集したりもしていた。

 しかし何時も通りに見れていても。達也は間違いなく何かに悩んでいる。深雪はそれを確信していた。兄の悩みに気づく事が出来る。それは深雪にとって嬉しい事だった。だから余計に達也が何に悩んでいるのかが気になった。兄が悩んでいると分かっていながら、それを見ないフリなど深雪には到底出来なかった。

 深雪は少し考えたのちに、ストレートに訊ねてみる事にした。

 

「お兄様、何をお悩みなのですか?」

 

 

 達也に許しを貰い正面に腰を下ろした深雪は、些か直球過ぎる問いかけを達也に投げかけた。達也も面食らった表情で見返したが、誤魔化そうとかそういう気持ちは起こさなかったようだ。

 

「七宝の事が少し気になってな」

 

「……お兄様。もし彼の不遜な態度が許しがたいものとお考えでしたら、私にそう仰ってください」

 

「いやいや、深雪、早まるな。確かにアイツの態度はなってなかったが、それ自体が気になっているわけじゃない。第一、目上に対する態度なら俺もあまり人の事を言えない」

 

「そんなことはありません。お兄様は何時もご立派です」

 

 

 深雪のこの反論は条件反射みたなものだと分かっているので、達也は何もコメントしない事にした。

 

「気になったのは、七宝が何故あそこまで強気でいられるのかという点だ。生徒会入りを断り、七草家に噛み付き、上級生を敵に回す事を厭わない」

 

「何も考えていないのではないでしょうか」

 

「いや、そう言う風にも見えないな。七宝には強い上昇志向がある。あいつを見ていると十師族に成れないのが不満なんじゃないかと思えてくるよ」

 

「しかしそれならなおの事、生徒会に入って人脈を築こうとするのが普通だと思われますが」

 

「俺もそれが普通だと思う」

 

「では、お兄様は何か普通では無い背景があるとお考えでいらしたのですか?」

 

「まあ、そうなんだが……」

 

 

 達也が何かを言い淀んだタイミングで、水波がコーヒーカップを載せたトレーを持ってリビングへ入って来た。

 

「失礼します。コーヒーをお持ちしました」

 

「ああ、ありがとう。そうだ、水波にも聞いておきたい。座ってくれないか」

 

「はい」

 

 

 座れと言われ返事をした水波だが、彼女は腰を下ろそうとしない。ただテーブルの脇に控えるだけだ。そこに断固とした職業意識を垣間見て、達也は時間を無駄にすることを止めた。

 

「水波は七宝琢磨にどういう印象を持っており?」

 

「身の程を弁えぬ愚か者です」

 

「……そう考える理由は?」

 

「まず第一に、達也さまに対する態度がなっていません。事情を知らぬとはいえ、達也さまにあのような態度をとるなんて、真夜さまに消されても文句は言えない愚かさです。そして自分が一番でなければならないと思い込んでいる節も見られます」

 

 

 第一の意見を丸っと無視して、達也は水波の考えが正しいと思っていた。だがそれを調べるにはそれなりの時間と人間が必要だという事も同時に頭の中で計算していた。

 

「誰かに煽られているんだろうが、それを調べるのには……」

 

「叔母様にご相談してみましょうか?」

 

「いや、その必要は無い」

 

 

 達也の確信めいた感じに、深雪と水波は首を傾げたが、その理由はすぐに分かった。

 

『もしもし達也君、今大丈夫?』

 

「ええ、構いませんよ」

 

『実は、今日七宝家の長男が起こした騒動に関係した話なんだけど』

 

「はい、何か分かりましたか」

 

 

 達也があっさりと訊き返した事に、響子は驚きの表情を浮かべた。

 

『やっぱり気づいていたのね……』

 

「軍が戦略級魔法師を無防備に放置しておくとも考えられませんし、それに妙な気配が常にありましたからね。もちろん、深雪に危害を与えようとしない限りは、俺も放置しておくつもりでしたし」

 

『さすがね……まぁ、一応保険だと思っておいて』

 

「分かりました……それで、七宝の事で何か?」

 

 

 今までの会話を棚上げして何も無かった表情で訊ねる達也に、響子は電話に出た時と同じ顔で答えた。

 

『彼の後援者の事を知りたくないかな、と思って』

 

「何故そう考えたんですか?」

 

『私が気になったから。だから達也君も気になってるんじゃないかなって。それで一緒に探ってみない? っていう提案なんだけど』

 

 

 響子の提案は達也にとって渡りに船であった。というか、最初から響子からこういう誘いがある事に感づいていたから、達也は真夜に協力を仰ぐ必要がないと深雪に言ったのだ。

 

「それで俺は、具体的に何をすればいいんですか」

 

『自宅の監視はこっちで引き受けるわ。達也君には、七宝くんが後援者のところへ行く時について来て欲しいの』

 

「分かりましたが、何故お誘いくださったのです?」

 

『私たちは縄張り的に、国内の事件には不干渉だからね。達也君だったら学校の先輩が後輩の事を心配して、で済むでしょ? だからといって堅気の学生さんに危険な真似はさせられないし』

 

「分かりました。そう言う事にしておきましょう」

 

『動きがあったら連絡するわ。じゃあそういうことで深雪さん、その時は達也君をお借りするわね』

 

 

 ウインクして通信を切った響子に、深雪は毒気を抜かれてしまったようだった。兄の事を監視している人間に気付けなかった事も、兄が響子から連絡が来る事を知っていたのも、また兄と響子が共同で七宝琢磨の後援者を暴きだそうとしている事にも、自分は深く関われないのだと自覚してしまったからである。

 

「そう言うわけだ、水波」

 

「はい」

 

「俺が不在の時は、深雪の事を頼んだぞ」

 

「承りました」

 

 

 ガーディアン候補である水波に視線を向け、達也はそう告げた。兄の全てが自分から離れるわけではないのだが、深雪はその時の事を考えて悲しい気分になったのだった。




水波も琢磨より達也ですからね……当然ですけど……

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