劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本人は本気で怒ってるつもりですが……


憤怒の十三束

 香澄と泉美が去った後の演習室に、琢磨は無言で立ち尽くしたままだった。二年生から見ると取り残された感が否めなかったが、琢磨自身はそう考えていなかった。彼の、少なくとも意識の上では邪魔ものがいなくなったところで達也と話したかったのだ。その為にあえて残っていたのだ。

 

「司波先輩、俺はまだ納得していません」

 

「何に」

 

「俺が反則負けだという事にです」

 

「七宝!」

 

 

 堪らず、という感じで十三束が声を荒げる。しかし琢磨は達也に視線を固定したまま十三束に目を向けなかった。

 

「何が望みだ」

 

 

 達也には琢磨の抗議を突っぱねる事も出来た。そもそもこの試合は重大な校則違反を犯した琢磨と香澄に対する救済措置だ。特に、最悪退学処分だった琢磨に対する救済という色彩が濃い。贔屓だろうがイカサマだろうが琢磨はケチをつけられる立場ではなかった。

 それなのに達也は琢磨の言い分を訊ねている。これは達也の優しさ、というよりも面倒事を後々まで引き摺りたくないという心理が働いているものだった。

 

「俺に証明させてください」

 

「何をだ?」

 

「俺がミリオン・エッジをコントロール出来ていたという証明です」

 

「どうやって?」

 

「俺と立ち合ってください! ミリオン・エッジを使って、俺は無傷で先輩を降参させてみせます!」

 

 

 琢磨の言葉に、雫とほのかは目を細め、深雪が柳眉を吊り上げた。だが白い闇が室内を覆い尽くす事は無かった。彼女の感情が爆発する前に、激しい打撃の音と人が床を転がる音が立て続けに起こる。その意外な光景に深雪の怒りは中断された。

 床に倒れたのは琢磨で、彼を殴り倒したのは十三束だった。

 

「……十三束先輩?」

 

「七宝、いい加減にしろ!」

 

 

 何が起こったか分からないという顔で床に手を突いたまま見上げる琢磨を、十三束が血相を変えて怒鳴りつけた。元々の顔立ちが悪いのか、鬼の形相とか憤怒の表情とかそういった表情はまるで当てはまらなかったが、彼が本気で怒っているのは確かだった。

 

「さっきから聞いていれば独り善がりで無礼千万な事ばかり……何様のつもりだ、お前は! 二十八家がそんなに偉いとでも言うのか!?」

 

「俺は……そんなつもりじゃ」

 

 

 琢磨は気づいていなかった。彼には本当に自覚が無かったのだ。十師族の地位に固執する彼は、上を見るだけで下を見ようとしなかった。十師族になれない七宝家に価値を認めない琢磨は、十師族になる資格も無い魔法師を無意識のうちに、自分の父親に対するのと同じように見下していたのだ。

 

「七宝、お前が自分の力を証明したいというなら、僕が付き合ってやる! それとも僕では不満か? 百家・十三束家の出来そこない『レンジ・ゼロ』では相手に不足か!」

 

「十三束、落ち着け。生徒会長と風紀委員長の承認が無い限り、試合は認められん。七宝にも考える時間が必要だろうし、なによりミリオン・エッジの発動媒体を準備する必要がある」

 

「……そうだね、ゴメン」

 

 

 達也に指摘されて、十三束は自分まで逆上していた事に気がつき、恥ずかしそうに俯いた。

 

「七宝、俺はお前とやり合うつもりは無い。十三束も七宝とやるならまず服部会頭に話を通しておいた方が良いぞ」

 

「えっ、あっ、そうだよね」

 

「ほのか、すまないが戸締りを頼む」

 

「はい、達也さん」

 

 

 自分を睨みつけている琢磨に視線を向ける事無く、達也は深雪を伴って演習室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍵を閉めたほのかが生徒会室へ戻ってきて十五分ほど経った頃の事。今日はもう帰ろうかと達也が腰を上げかけた丁度その時。生徒会室のドアチャイムが鳴った。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼する」

 

 

 あずさがリモートで解錠したドアから入ってきたのは部活連会頭の服部だった。達也は確信を抱いて椅子に座りなおした。

 

「中条、実に言い難いというか、みっともない話なんだが……」

 

「服部くん、どうしたんですか?」

 

「すまない。また、試合の許可をもらいたい」

 

「またですか!? 今度はいったい誰です?」

 

「十三束と七宝だ」

 

「また七宝君ですか……」

 

 

 服部もあずさと同じ気持ちなのは、眉間に寄った深い皺が物語っていた。

 

「……性格に多少難があるのは生徒会勧誘を蹴った時点で予想していた。今回の事も、本当ならばキツク叱って反省を促すべきかもしれない。だが、あの才能は惜しい。少し謙虚になる事を覚えれば、七宝は大きく伸びると俺は考えている」

 

 

 深雪とほのかがアイコンタクトで語り合っていたのだが、服部には見えなかった。

 

「あいつの鼻をへし折るには、キツイ言葉で叱責するより敗北を味わわせる方が良いと考えた」

 

「その為の試合ですか……でも、十三束くんで大丈夫なんですか? そういう理由なら、沢木くんや、それこそ服部くんの方が……」

 

「いや、十三束君で大丈夫だと思うよ。彼は強いし、性格も真面目だ。あんな境遇なのに気性がねじ曲がってもいない。七宝君と試合させても悪い結果にはならないとおもうよ」

 

 

 二人の会話に割って入った五十里の言葉に、あずさは頷いてアドバイスを聞きいれた。

 

「それで、希望日は何時なんですか?」

 

「明後日ではダメだろうか」

 

「明日じゃなくて良いんですか?」

 

「連戦を言い訳にさせたくないからな。一日、休養日を設けた方が良いだろう」

 

「明後日は土曜日ですから、放課後、演習室が空いているかどうか……あっ、三時から第三演習室が使えますね。一時間で良いですか?」

 

「二時間、押さえられないか?」

 

「ええと、大丈夫ですよ」

 

 

 服部のリクエストに訝しさを覚えながら、あずさはそのまま演習室の予約を行った。

 

「じゃあ許可証を発行しておきますので」

 

「すまんな。手間を掛ける……何かおかしかったか?」

 

 

 頭を下げながら謝辞を述べる服部の前で、あずさがクスリと笑った。それを不思議がって服部は訊ねたのだ。

 

「服部くん、何だか十文字先輩に似てきたね」

 

 

 あずさとしてみればこれは間違いなく褒め言葉だった。ただ自分が克人と明らかにタイプが違うと自覚している服部には、器量の不足を真似で補っていると言われたような気がして、結構微妙な気分だった。




十三束くん、童顔で中性的な顔立ちだからね……

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