今や空気は一発触発。そこへ最初に駆けつけたのは生徒会役員でも風紀委員でもなく、独自に巡回していた部活連の執行部員だった。
「ロボ研もバイク部も落ち着いてください!」
まず割って入ったのは執行部二年の十三束鋼。その隣に割り込んできたのは執行部見習いの七宝琢磨。
服部の勧誘に新入生らしい張りきった態度で頷いて部活連執行部入りをした琢磨は、まず最初の仕事としてトラブルを起こしたクラブ間の仲裁に当たっている十三束の助手を務めているのだった。
琢磨の勢いに押されてケントが輪の外に出る。そこへ十三束に一歩遅れて達也と深雪が到着した。
「ケントじゃないか」
「あっ、司波先輩」
嬉しそうに振り返ったケントの目は達也へ向けられている。隣に深雪が立っているのにも関わらず。これはきわめて珍しい事と言えた。深雪の興味深そうな眼差しに若干の居心地の悪さを感じながら達也はケントに問いかけた。
「なにがあったんだ?」
「あっ、その、スミマセン、先輩! まだどのクラブに入るか決めて無くて、今日は見学だけさせてもらうつもりだったんですけど、それで詳しい話を聞けるというから中に入ろうとしたら、いきなり後ろから……」
動揺しているのだろう。ケントの口述はまるきり整理されていないものだった。その分かりにくい説明でも達也は何とか理解していたのだが、解決に動く前に事態は新たな局面を迎えた。
「風紀委員です!」
「あら? 香澄ちゃんですよ、お兄様」
「ああ……」
聞き覚えのある声を、達也は言い争いの向こう側に聞いた。自分たちの正当性を声高に主張し合うロボ研とバイク部、その間に立って声を張り上げている十三束、そのどれにも該当しない声だ。
あえてその叫び声の方へ顔を向けないようにしていた達也だったが、あまり意味は無かった。深雪に言われるまでも無く、風紀委員を名乗ったのが香澄だと達也には分かっていた。
「ケント」
気合いの入った香澄の声に、目を丸くして振り向いているケントの注意を達也が引き戻した。
「あっ、はい、スミマセン」
「別に謝る必要は無い」
「はい、すみま――あっ」
「……まあいい。要するにバイク部が勝手に勘違いしてロボ研がそれに絡んできたという事か?」
「えっと、はい、多分……」
「なるほど……まあ、あっちはもう大丈夫だろ。ケントはもう行って良いぞ。ロボ研とバイク部には俺の方から話しておく」
さっきまで聞こえていた言い争いは、別の声に替わっていた。彼らをそっちのけで始まった険悪な口論、今にも魔法の撃ち合いが始まりそうな不穏な空気に、ロボ研部員もバイク部部員も息を潜めてその発生源――対峙する琢磨と香澄を見つめている。
仲裁に入って自ら問題を起こそうとしている下級生に心理的頭痛を感じながら、達也はケントにこの場を離れるよう指示した。
「はい……ありがとうございます」
達也に後始末を押し付けて良いのかケントは少し迷ったようだが、結局達也に一礼してその指示に従った。
「さてと……」
目の前で口論している下級生に視線を移し、達也は小さくないため息を吐いた。部活連執行部と風紀委員は別に仲が悪いわけでも、管轄争いをしているわけではない。だが『七宝』と『七草』の家にしこりがあるのを達也も深雪も知っている。
しこりといっても、七宝が一方的に七草を敵視しているのだが――それも琢磨のみが――七草の方にも(香澄の方にも?)七宝に思うところがあるようだった。
「お兄様が仲裁するような案件とは思えませんが?」
「だが、クラスメイトを見捨てるわけにもいかないだろ」
兄妹の視線の先では、この口論を何とか抑えようと十三束が懸命に二人を宥めようとしている。だが、効果は見られないようだった。
「思うところがあるのでしたら、いっそのことこのままにしておくのはいかがでしょうか?」
「さすがにそれはマズイ。新入生総代と学年三位の二人がここで争いを始めれば、少なくない負傷者が出るだろう。野次馬も魔法科高校の生徒だが、あの二人の魔法力はあまりにも高すぎる」
「では、やはりお兄様が仲裁に入られますか?」
「それが一番良いだろう。七宝はともかくとして、香澄は落ち着けば言う事を聞いてくれるだろうし」
「そう…ですね……」
やれやれと首を振る達也の隣で、深雪が少し不満げな表情を見せた。達也に対しての香澄の態度は、自分に対する泉美の態度と少し似通ったところがあるように深雪には感じられていた。恋慕の情では無く尊敬の気持ち、そうであってほしいと深雪は思っているのだが、どう見ても香澄が達也に向けている情は、彼女の姉である真由美が達也に向けていた情に似ている――というか、ほぼ同じようなものだった。
違うとすれば、そこに悪戯心が介入していない事だけで、あとは真由美と同じ感情を香澄が抱いているように思えて仕方ない深雪は、達也にこの場を任せるのは自分にとって良くない結果を招きそうだと危惧していたのだが、それでもこの空気を収められるのは達也しかいないと確信していたのだ。
「ロボ研とバイク部のイザコザを、生徒会がとやかく言うつもりはありません。双方落ち着いたのなら持ち場に戻ってください。部活連と風紀委員には俺から話を通しておきますので、この件で両部が何かしらの罰を受ける事も無いでしょう」
まず達也は、ロボ研とバイク部の部員たちをこの場から遠ざける事にした。元二科生とはいえ、達也は校内では有名人だ。それなりの影響力を持っている。
「それから、ギャラリーの皆さんも解散してください。これ以上この場に居続けても面白い事は何もありませんので」
ロボ研とバイク部の争いは口だけで収まったが、琢磨と香澄はそうはいかない。今にも魔法を発動しそうな雰囲気さえあるのだ。万が一に備え、達也は野次馬たちもこの場から遠ざけ、十三束に代わり新入生二人の間に割って入った。
「お前たちも、騒ぎを収める側の人間が率先して騒ぎを起こそうとするな。争うのなら、学業か何かで争うんだな」
「ですが! 先にこの場に到着したのは俺たちです!」
「生徒間の争いは風紀委員の管轄です!」
「七宝、小学生じゃないんだから、早い者勝ちという考えは捨てるように。香澄は、わざわざ執行部が解決に動いている場面に割って入るような事は今後しないように。新勧週間の間は、管轄とか関係なく協力して事態を解決するのが一番だ」
「……分かりました」
「……すみません、司波先輩」
「十三束、後は任せる」
「う、うん……ありがとう」
琢磨と香澄を言いくるめた達也は、事後処理を十三束に任せこの場を後にしたのだった。
本当に仲が悪いな……そんな次元では無いのかもしれませんが……