リーナも帰国して、達也としても暫くは平穏な生活が送れると思っていた矢先、自宅に本家から楔が打ち込まれた。表面上の理由として、桜井水波は第一高校に入学する事になり、四葉本家からより司波家から通った方が交通の便が良い事と、将来深雪のガーディアンとして働く事になる水波に、先輩ガーディアンである達也から色々と教えて欲しいとの事だ。もちろん、それだけなら近場にアパートなりマンションなりを借りて、他のガーディアンにいろはを叩き込んでもらえば良いだけなのだ。
桜井水波が司波家で生活する事になった最もな理由は、水波が達也の事を想っているからである。彼女と同じ顔をしていた、母親のガーディアンであった桜井穂波も達也の事を少なからず想っていたので、遺伝子上姪にあたる彼女が達也に惹かれてしまっても、致し方ないのかもしれないが……
「深雪さま、達也さまのお世話は私が担当しますので、深雪さまはどうか生徒会のお仕事に専念してくださいませ」
「いいえ、水波ちゃん。お兄様のお世話は私が担当します。水波ちゃんはお掃除やお買いものなどをお願い」
達也としては、自分の事くらい自分で出来るので、これ以上揉めるのは止めてもらいたいと言いたいのだが、それを口にしたら二人から責められるのは明白であったので黙って作業を進めているのだ。
「達也さまからも仰ってくださいませ! 深雪さまは生徒会役員として、この春休みも学校へ行かなければならないのですよ? でしたら達也さまのお世話は私に任せてくださるのが一番だと思うのですが」
「お兄様! お兄様のお世話は深雪の生き甲斐なのです! その事を水波ちゃんに教えてあげて下さい」
「……深雪、そろそろ学校に行かないとほのかたちが心配するぞ。水波も今日はこの辺りを散策するんじゃなかったのか?」
室内にある時計を指差して、達也は呆れている事を誤魔化しながら二人にそう言った。実際にそろそろ本気でほのかが心配しだすころ合いだったので、深雪は渋々学校へ向かう事になった。
「水波の案内も兼ねて、駅まで送るぞ」
「ありがとうございます、お兄様」
実に現金ではあるが、達也が駅まで一緒に来てくれると言う事で、深雪の表情はいっきに明るくなった。
「水波ちゃん、今日の事はいずれじっくりと話しあいましょう」
「話しあうもなにも、私の仕事は、深雪さまと達也さまの身の回りのお世話と、達也さまからガーディアンのいろはを習う為にこちらにお邪魔しているのです。ご当主様からもそう伝えられているはずですが」
「玄関で言い争うのは止めろ。本当にほのかが心配するぞ」
普段は仲が良い姉妹のような感じなのに、自分の事になると途端に言い争う二人に挟まれて、達也は盛大にため息を吐いたのだった。
深雪を駅まで送り、達也は水波を連れてこの辺りを案内する事にした。端末で調べればすぐに分かるのだが、水波が四葉家で生活していた事を考慮して、外の世界を体験させるのも兼ねての案内なのだ。
「随分と人がたくさんいるのですね」
「これくらいは普通だ。まぁ、あの家には殆ど人などいないからな。使用人くらいだろ」
「そうですね。後は分家筋の方々が顔を見せに来るくらいだと、葉山様が仰られていました」
「閉鎖的な場所だからな。地図にすら載っていない」
四葉家の事なので二人は小声で会話をしている。達也もだが水波も耳は良い方なので、顔を近づける――などという人前ですると恥ずかしい行動は取らずとも会話は成立するのだ。
「あの、達也さま」
「ん? なにかあったのか」
「いえ……あの一際騒がしい建物はなんですか?」
「騒がしい……あぁ、ゲームセンターか」
「ゲームセンター……ですか?」
「俺も入った事は無いが、色々なゲームが出来る場所らしい」
色々と忙しい達也は、存在は知っていても入った事は無い。四葉家という閉鎖的な空間で生活していた水波は見る事すら初めてなのだ。
「……入りたいのか?」
「少し、興味があります」
「なら入ってみるか」
それ程急ぐ用事もないし、深雪は生徒会の仕事で帰りは夕方を過ぎてからだろうと考えて、達也は水波とゲームセンターへと足を踏み入れた。
「色々とあるのですね」
「そうだな……少しやかましいが」
「達也さま、あれは何でしょう?」
「あれ?」
一つの筐体を指差す水波。達也は水波が指している先を見て軽く首を振った。
「……達也さまでも知らないのですか?」
「いや、知ってはいるが、やった事は無いな……昔深雪にせがまれた事があったが、何とか諦めてもらった」
「では、私と一緒にやりましょうよ」
水波が興味を示したのはプリント倶楽部、所謂プリクラだ。こう言ったものは今の時代にも残っており、恋人同士や友人同士で取るのが普通だ。
「だが、俺と水波は恋人でなければ友人関係でも無いだろ」
「では、私とお付き合いしてくださいませ。そうすれば自然です」
「……冗談で告白などするな。俺だからいいが、他の男だったら勘違いするぞ」
「冗談ではなく本気です。これでも恥ずかしいんですから……」
良く見れば水波の顔は赤くなっており、冗談では無いと言うのは事実のようだった。
「……深雪には言えないな」
「では……」
「水波の立場ならば、俺と一緒にいても暫くは不思議がられないだろう」
「はい!」
達也と腕を組んで筐体に入っていく水波の顔は、彼氏に甘えている彼女そのものだった。達也の方も少しぎこちなさは見受けられたが、立派に彼氏の表情をしていた。
後日、このプリクラを深雪に見られた水波は氷界の女王と夜の女王から訊問を受けるのだが、その二人を宥めたのはやはり達也で、二人の前で水波との交際宣言をしたのであった。
その宣言は本家の応接室でしたので、偶々通りかかった――本当に偶々かは分からないが――葉山がその宣言を聞きつけ、すぐさまに侍女全員に伝わってしまったのだった。その所為で、その日から数週間は、四葉家内の家事全般は進みが遅く、従者たちは空腹と戦っていたのだが、それはまた別のお話……
もう一回、今度は甘々で作りたいな……需要があれば