劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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修次と変換させる時『なおつぐ』じゃ出ない不思議……


千葉修次の助太刀

 千葉修次は焦っていた。まさかいきなりストリートファイトが始まるとは予想していなかった。座学の成績が特に優秀というデータから、慎重な性格という先入観があったのだ。

 ここは監視と護衛の対象である少年がいる場所から約八百メートル離れた中層ビルの三階のテラス。気配に敏いと調査書に書かれていたので、距離を取っていたのが裏目に出た。

 

「(階段を使ってる場合でも、動力車を使ってる余裕も無い!)」

 

 

 修次は得物を掴み飛び降り、そのまま路面を蹴った。神足の魔法を会得している修次の走るスピードは、短距離であれば時速百二十キロに達する。到着までおよそ三十秒。その途中で振動系魔法の発動を二度感知した。

 

「(あの少年はマジック・アーツを使うのか)」

 

 

 調査書に載って無かった情報に、修次は心の中で呟いた。隠すほどの情報でも無かったので、情報部でも掴んで無かったのだろう。

 

「(いったいどの程度闘えるのだろう……)」

 

 

 修次の中で達也に対する興味が膨らんだ。

 

「(だがそれを確かめるのは別の機会だ)」

 

 

 手に持つ武装デバイスのスイッチを押し込む。短い棍棒が小太刀に変化した。千葉家が開発し警察に納入を始めた新商品を、修次が自分用にチューンアップしたものだ。

 彼は「雷丸」や「大蛇丸」のような高性能の一品物より取り替えの利く汎用品を好む。

 

「(武器は所詮道具であり消耗品。使い手次第で名刀にも鈍刀にもなる)」

 

 

 それは「三メートル以内なら世界最強の実戦魔法師の一人」と謳われる自身の腕に対する自信の裏返しだった。

 少年が相手をしているのは「スターダスト」、USNA軍に所属する強化魔法師、否、魔法生体兵器で、数年以内に死亡する事が確実視された魔法師により組織された決死隊。長く生きられないのであれば、無駄死にはしない。そう方向付けられた心の在り方は一種の洗脳に違いなかったが、修次はそれを邪とは思わない。使命に文字通り命を掛ける姿勢には、むしろ共感を覚えている。

 だがそれだけに厄介な相手であり、死兵はこの世で最も手ごわい兵士だ。いくら腕が立つといっても高校生には荷が重いだろうと判断し、修次は達也とスターダストの間に割り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を監視している目がある事は達也も把握していた。それがUSNA軍とは別口であることも。だがこの短時間で介入してくるとは予想外だった。

 

「司波君。僕は千葉修次。君のクラスメイトの千葉エリカの兄だ。この場は僕が引き受けるから、君は後ろに下がっていなさい」

 

 

 割り込んできた時の横顔でエリカの次兄である事は分かっていた。何故助太刀するのか理由が分からなかったし、話しかけて来たのも予想外なら自分から素性を明かしたのも予想外だった。

 さすがに事情説明は無かったが、そんな場合でも無い。任せろというのなら、達也に否やは無かった。

 

「ありがとうございます」

 

 

 足早に後退すると、修次の背中から肩透かしにあったような気配が漂ってきた。もしかしたら自分も戦う的なセリフを予想していたのだろうが、あいにく達也はそんな我が儘な性格では無かった。

 突然の乱入に相手が戸惑ったのは数秒の事。既にダウンしている一人を除いた覆面の四人は、何処からか拳銃を取り出して修次に向けて突き出した。

 達也は一歩引いたところから戦闘を観察していた。自分相手には「生け捕り」という足枷があって本来の戦闘力を発揮できていなかったのだろうが、修次相手ならその枷は取り払われる。本来の戦い方をする覆面の戦闘スタイルは、大抵の敵を打ち倒すに足りるものだった。

 だが、千葉修次は普通の相手では無かった。男たちが引き金を引くより速く、修次は距離を詰めていた。詰められた当人以外には、修次が消えたように見えたに違いない。達也でも意識を集中していなければ見失いそうな速度だ。

 

「(これが『千葉の麒麟児』か)」

 

 

 次々とスターダストの魔法師が倒されていく光景を見ながら、達也は素直に関心していた。これが全力とは思っては無かったが、出来る事なら敵対したくない相手だという事はこれだけで理解出来た。

 エリカの兄であり摩利の恋人である彼が、自分の敵になるなどという光景は、今のところ達也には想像出来なかったのだが……

 最後の一人を無力化するまで、達也は修次の戦力分析をしていた。全ての覆面の男を無力化した修次が小太刀を持つ手を下ろす。警戒を解いている様子は無かったが、多少緊張を緩めた感はあった。それは達也も同じだった。助太刀の礼を言うべく修次に向かって足を進めた三歩めで、強烈な危機感が達也を襲った。修次もそれを感じ取ったのか、達也が身を伏せるのと、修次が小太刀を立てたのは殆ど同じだった。

 その直後、煌めく光条が修次に襲い掛かった。小太刀が光条――高エネルギーのプラズマビームを迎え撃つ。刀身に当たる直前でビームが左右に分かれている。

 刃先に形成された「圧斬り」の斥力場でプラズマの激流を曲げているのだろうが、電磁波の影響を遮断するには不十分だった。

 光条が消える。不思議な事にプラズマのビームは道沿いに並ぶ建物へ届く前に消えていた。小太刀を立てた姿勢で立ちつくす修次の身体が細かく震えているのは、至近距離から浴びた電磁波に筋肉が痙攣しているのだろう。高出力のスタンガンを全身に喰らったようなものだ。達也は光条の推定射出地点へと目を向けた。

 遠く、闇に霞む道路の中央、街灯にボンヤリと浮かび上がる深紅の髪と金色の瞳。

 杖のような物をこちらへ向けて、仮面の魔法師「アンジー・シリウス」が誘う眼差しで達也を見ていた。

 

「(ついてこいって事か、リーナ)」

 

 

 その視線を受けて、達也は全身痙攣している修次を置いていき、リーナの跡を追うようにその場から移動した。助太刀に関しては感謝していたのは本当だが、何時までも監視されているのは達也としても気分のいいものでは無かったので、これ以上修次と関わろうとは思わなかったのだった。




漸く下巻に到着した……

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