劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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九月……一年連続投稿が近づいてきました……


襲撃

 大きくは無いものの、およそ庶民感覚とはかけ離れた瀟洒な洋館のエントランスで達也は護衛の引き継ぎを行った。引き継ぎといっても、単に相手の顔を確認するだけだが。

 深雪がピアノとマナーのレッスンに通っているこの教室は男子禁制。上流階級にはつきもののボディーガードといえど中に入れてもらえない。

 

「何時も通り、時間になったら迎えに来るから」

 

「はい。お迎えをお待ちしております」

 

 

 だから必然的にこのような会話が交わされる段取りになる。お迎えの時間は二時間後なので、家に帰るには中途半端なので、近場の飲食店で時間を潰すのが常となっている。

 今日も家族向けのレストランに入り、ドリンクを注文して窓際の席に陣取り、書籍サイトを開く事もせずに頬杖をついて窓の外を眺めた。

 ボンヤリしているように見える。達也自身も何かに集中しているという意識は無い。

 だが、普通の意味で「ボンヤリしている」という状態はとは正反対だった。彼は意識を集中するのではなく、意識を拡散していた。自分と深雪の二つの焦点とするエリアに、知覚を隈なく敷き詰める。複焦点の楕円空間ではなく、物理的な距離とは無関係な因果律の連結強度で定義されるリレーション空間に、達也はジッと「眼」を凝らす。深雪に害為すものを、何一つ見逃さないように。

 原理的にはこのやり方で未来予知も可能なはずだが、達也にはまだ「現在」と最長二十四時間の「過去」しか読み取る事が出来ない。その代わり、策敵には非常に有効なのだ。遠隔視の先天性スキルに匹敵するか、それ以上の範囲と精度で「敵」を識別する事が出来る。

 その視界の中に、迫り来る敵の情報が表示された。妹ではなく、彼自身へ向けて。

 

「(護衛失格だな、俺は)」

 

 

 自分自身がターゲットになるようでは、護衛対象をかえって危険に曝す事になる。護衛失格というのは、強ち自虐発言ではない。ただ、声にならなかったその呟きには、失意も反省も、何の感情も込められていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦略級の魔法を放った魔法師をターゲットとした作戦は、達也が長時間単独行動をしている時に行うと決められていた。理由は、深雪が一緒だと捕獲・もしくは撃退するのが難しいからだ。その事は、シリウスで証明済みだったので、バランス大佐の作戦に異議を申し立てる人間はいなかった。

 

「(ミユキがいなくても、タツヤ相手は大変だと思うんだけどな……)」

 

 

 ただ一人、達也の実力の一端を目の当たりにしたリーナだけが、今回の作戦に不安を抱えている。スターダスト程度の実力では、何人束になろうが達也には届かない。それがリーナの考えだ。

 

「(それに、まだタツヤがあの魔法を放った魔法師だとは決まって無いのに……)」

 

 

 あくまでも達也を戦略級魔法師と仮定しての作戦なので、もし達也が戦略級魔法師では無かった場合、USNA軍の信用は地に墜ちる可能性だってあるのだ。

 

「(タツヤを陰で消すのは不可能でしょうしね……ミユキやホノカ、エリカにマユミが黙って無いわよ、きっと)」

 

 

 この一ヶ月弱共に過ごして分かったのは、達也は大勢の女子から想われている事と、彼が並みの軍人では相手にならない事だ。ただでさえ日本の忍者に稽古をつけてもらってるという事だけで厄介なのに、リーナは彼に得意魔法を何らかの魔法で打ち消された事があるのだ。

 

「(あれもニンジュツ? それとも、全く別の魔法なのかしら……)」

 

 

 達也が二科生である事は紛れも無い事実なのだが、リーナは達也は一科生でも使えない魔法を使えるのではないかと疑っている。もちろん証拠は無いし、達也本人に尋ねても素直には答えてくれないだろうという事も理解している。

 

「(それとなく聞き出そうとしたけど、タツヤやミユキには上手く捲かれちゃうし、やっぱりワタシには諜報活動は向いてないのね)」

 

 

 自虐的になっていたリーナを現実に引き戻したのは、作戦開始の合図を聞いてからだ。彼女はこの作戦の要であり、達也を捕えるために必要不可欠な戦力。そうとは知らないが、彼と同じ戦略級魔法師なのだから、何時までも個人の感情で躊躇う事は許されない立場。

 リーナは第三者の乱入を感じ取り、余計な事に頭を悩ます事なく戦場へと赴いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は別に戦闘愛好者ではない。少なくとも自分ではそう思っているし、また実際に彼の方から喧嘩を売るのは限られた条件下においてのみだ。具体的には、深雪の安全や名誉を守る為に必要な場合のみである。

 だからといって、無抵抗主義者でもない。平和を守る為には戦って勝ち取る事も必要だという若者らしい(?)考えも持っている。

 

「(五人か……)」

 

 

 道路の向こう側に停車したボックスワゴンの中で、今にも飛び出そうと身構えている敵の数を確認して、達也はテーブルの端末で勘定を済ませて立ち上がった。

 それを見ていたのだろう、慌ただしくボックスワゴンのドアが開いた。達也は足早にエントランスへ向かうが、店の玄関はワゴンの正面だ。

 先回りするように自分たちの前に立った達也に、襲撃者たちは戸惑っている様子だった。睨み合いはしていたが、その睨み合いは、達也が視線を外して道なりに歩きだした事で終わりを告げた。

 呆気に取られていた襲撃者たちだったが、十メートルくらい離れた事で、襲撃者たちは我を取り戻した。彼らは達也を生け捕りにするつもりなのだと既に理解していた達也は、後遺症が残らない程度の強さで襲撃者を突き飛ばすつもりだったのだが、感触が普段と違った。

 

「(こいつら調整体……いや、強化人間か。こんな状態でどうして動ける?)」

 

 

 何百人という死にかけの人間を「視て」きた達也には、彼らが何時倒れてもおかしくない状況だと分かった。こういうイレギュラーは多少のリスクを冒してでも早めに決着をつけるべきだと自身の方針を固めた。意識の中で素早く未来設計図を書きあげる。

 更に後方へ跳躍して距離を取り、懐のCADに手を伸ばす。抜くと同時に部分分解を四重発動。それで確実に相手を停止させる。

 達也がそのイメージを固めたのと、それは偶然にも同時だった。彼がその場に乱入してきたのは。




リーナは別行動って解釈でお願いします

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