劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

349 / 2283
普通に登場させて、IFで活躍させる予定……


異常動作

 自動調整機能付きのCAD調整機が置かれている部屋は、フィッティングルームと呼ばれている。生徒や職員が自分のCADを調整する際に使うのは通常こちらの部屋だ。

 メンテナンスルームはCADをユーザーに合わせて調整するだけでなく、CADそのもののアレンジやチューニングも行うための部屋で、詳細な設定変更や簡易な改造を行える機器がおかれている。ただしそれらの機械は専門性が高く取扱が難しく、利用者が稀なのだ。だからメンテ室を選び、P94を運び込んだのだ。

 同行者は五十里、あずさに加えて深雪、ほのか、エリカ、レオ、幹比古、美月の何時ものメンバー。達也のクライアントはそうそうたる顔ぶれに気圧されそそくさと逃げ出した。

 余計なギャラリーは服部が閉め出した。その中に服部本人が含まれているのに、エリカやレオの同席を認めている辺りに、彼の複雑な性格が垣間見える。

 

「とりあえず、何が起こってるか教えてもらえませんか。俺は校内に流れている噂しか知りませんので」

 

 

 野次馬的な視線が無くなってホッとした顔をしている五十里に正確な情報を求めた。達也を引っ張り出した同級生は、十分な事情説明もしなかったのだ。

 

「事件の発端は今朝七時ちょうど」

 

 

 達也の要請に、五十里は「もっともだ」とばかり頷き、事務的な口調で説明を始めた。

 

――二月十五日、午前七時。ロボ研のガレージに保管されていた3H・タイプP94、通称「ピクシー」が外部からの無線通電によりサスペンドから復帰した。ヒューマノイド・ホームヘルパー、略して3Hと呼ばれる家事手伝いロボットには内部電源による再起動するタイマー機能も備わっているが、燃料電池の負担を考えて、起動時には外部電源を使う事が推奨されている。

 生徒が登校していないこの時間にピクシーが目覚めたのは自己診断プログラムの実行に伴うもの。3Hの使用マニュアルでは、毎日本格的な稼働前に自己診断プログラムを走らせる事が望ましいとされている。一般家庭では余り護られていない手順だが、モニターを兼ねてP94を貸与されているロボ研ではマニュアルの全事項が忠実に守られている。

 自己診断の状況は遠隔管制アプリケーションをインストールされたサーバーで自動的にモニターされ、機体はガレージ内のカメラで異常な挙動が見られないかどうか監視されている。自己診断プロセスは異常を発見することなく完了してプログラムを終了し、3Hは再びサスペンド状態に戻る――はずだった。

 ところが異常の無い3Hが仕様の通り機能を停止しなかった。自己診断プログラムを終了後、P94はサーバーと交信を始めた。アクセスしたのは当校の生徒名簿。

 遠隔管制アプリはマルウェアに感染した可能性が高いと判定して、強制停止コマンドを送信した。これが軍事用機械だと遠隔コマンドをシャットアウトする装置が組み込まれていたりするが、民生用機器にその手のハードウェアが組み込まれる事はない。もちろんP94もそのようなハードは搭載していない。安全に動作を停止するシークエンスに移行するため完全停止まで時間が掛かるということはあっても、コマンド自体を無視することはありえない。にも拘わらず、ピクシーは機能を停止しなかった。

 サーバーに対するアクセス要求はその後も続き、サーバー側が無線回線を閉じる事で漸くP94の異常な稼働は止まった。

 異常稼働の間ずっと、ピクシーが嬉しそうな笑みを浮かべていたのを監視カメラが記録していた――

 

「何だかワクワクしているような、何か待ち遠しいような、そんな表情だったよ」

 

 

 五十里がそう締めくくる横で、あずさの表情が少し青ざめているように見えるのは、彼女にとってその表情が不気味で恐怖を誘うものだったからだろう。表情を変えるはずがない機械人形にそんな顔をされたら、達也だって不気味に感じるに違いなかった。

 

「P94のログも見たけど、強制停止コマンドは確実に受信されていた。いや、信じがたい事だけどログが間違っていないとすれば、強制停止コマンドはP94の電子頭脳内で実行されていたんだ」

 

「……エレクトロニクス的には停止したはずのP94が稼働を続けていたのは、電子頭脳以外の何かから発せられた電子的なコマンド以外の信号で機体をコントロールされていたから。そしてそれは、想子波そのものか、想子波を伴う魔法的な力だ、とお考えなんですね」

 

「さすがは司波君、その通りだよ。廿楽先生はそう仰っていたし、僕もそれ以外に説明はつかないと思う」

 

「分かりました……診てみます」

 

 

 話を聞く限りは新種のウイルスに感染したと考えるのが最も妥当な気がするが、それでは「笑顔」の説明がつかない。五十里やあずさの前で「視力」を使うのは躊躇われたが、どうやら視てみない事には始まらないようだ。

 

「ピクシー、サスペンド解除」

 

「ご用でございますか」

 

「今朝七時以降の操作ログと通信ログを閲覧する。その台の上に仰向けに寝て、インスペクションモードに移行しろ」

 

「アドミニストレーター権限を確認します」

 

 

 達也の命令は管理者権限を必要とするものであり、ピクシーの回答もプリセットされた定型反応だ。達也はピクシーの管理者として登録はされていない故、顔パスはあり得ず権限付与を示すエビデンスを提示しなければならない。

 実際達也は管理者権限を示すカードを胸ポケットにつけていた。だから本来ならばピクシーの視線は顔ではなく胸ポケットに向けられるべきなのだ。

 それなのに、ピクシーの視線は、達也の顔に固定されたまま動かない。見詰めていると表現するのが最も相応しい停滞した時間。

 達也やあずさだけではなく全員が「何かがおかしい」と感じ始めたところでピクシーが動いた。

 

「ミツケタ」

 

 

 ピクシーの口が小さな音声を紡ぎだし、慎重と言っていい足取りで台車から降りると、次の瞬間、達也に向かって飛びかかった。

 

「(回避は不可! 脅威度は小)」

 

 

 達也の脳裏に圧縮された思考が閃き、達也は自分より頭一つ以上小さなピクシーのボディを、正面から受け止めたのだった。




アレンジを加えにくいんですよねー……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。