劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也・深雪は出ません


動き出す状況

 日本における活動拠点に帰ってきたリーナは、玄関のドアを開けて異常を察知した。シルヴィアが帰国して現在一人暮らしなのに、部屋の中には人の気配がするのだ。

 

「(誰が、何の目的でこの部屋に忍び込んだのかしら……)」

 

「知覚系統が得意ではない、というのは控えめな表現だったようだな」

 

 

 身を屈めて突入の機会を窺っていたリーナの頭上から、上官の呆れ声が降ってきた。

 侵入者が敵ではないと理解したリーナは、スムーズとは言えない手際でお茶を用意して質素なダイニングテーブルの向かい側に座ったヴァージニア・バランス大佐に恐る恐る話しかけた。

 

「ご用がおありでしたら、私の方から出頭致しましたが」

 

 

 だが大佐はリーナの申し出に直接的な答えを返さなかった。

 

「あるいは知ってるかもしれないが、私の軍歴の大半は後方勤務で占められている。中でも人事関連業務が主たるキャリアだ。その私の経歴が無くても分かるが、シリウス少佐」

 

「ハイ」

 

「今回の作戦におけるターゲットであるタツヤ・シバに、貴官は過度のシンパシィを寄せているな。先ほど彼に何か渡していたようだが」

 

「あれは……ミカエラ・ホンゴウを処分せずに助け出してもらったお礼です。日本ではお世話になっている異性に『義理チョコ』を渡す風習がありますから」

 

「あくまで『義理』だと?」

 

 

 念を押すように確認してくるバランス大佐に、リーナは頷いて肯定する。本心は兎も角、渡したチョコは紛れもなく義理だ。

 

「なら構わないが、貴官の特殊な事情は私も理解してるつもりだ。スターズの歴代総長の中で十代にしてその職に就いたのは貴官だけだ。現代魔法の技術・理論体系により開発された魔法師は、一般に新しい世代ほど魔法のポテンシャルが高いとはいえ、若すぎるという声も少なくなかった。私も意見を求められたならば、貴官の総隊長就任に反対を具申していただろう」

 

「……確かに小官は、タツヤ・シバにUSNA軍人として好ましくないシンパシィを抱いています。ですがそれは決して恋愛感情やそれに類するものではありません。小官が彼に抱いている感情はむしろライバルに対する競争心です」

 

 

 リーナはある面から見ればその通りの感情のみを、バランス大佐に告げる事にしたのだった。

 

「ライバルか」

 

「はい。大佐殿も報告書でご存知の事と思いますが、小官は一度、タツヤ・シバに後れを取っております」

 

「なるほど。『シリウス』就任以来、魔法戦闘で負けたのは初めてか」

 

「はい」

 

「分かった。そういうことなら、話もしやすい」

 

 

 大佐の語調が微妙に変化し、纏う雰囲気もヒヤリとした冷気が混じった。それだけでリーナは、モラトリアムの終わりを悟った。

 

「シリウス少佐。現時点を以て脱走者の追跡、処分は一時棚上げとし、当初任務への復帰を命じる。これより『質量・エネルギー変換魔法』の術式もしくは使用者の確保を最優先の任務とする。確保が不可能な場合は、術式の無力化もやむを得ない」

 

 

 魔法の術式無力化とは、誰にも使用出来なくするという事。即ち、術者の抹殺だ。

 

「まず、タツヤ・シバをターゲットと仮定。第一波として明日の夜、スターダストを使いターゲットに襲撃を掛ける。貴官はブリオネイクを装備し、自己の判断により適時介入せよ」

 

「――イエス・マム」

 

 

 リーナは表情を消して立ち上がり、バランスに向けて敬礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカは実家の離れで一人くつろいでいた。高校入学と共に、父親が学校近くにマンションを買ってやると言ってきたのだが、エリカはそれを断って離れでの生活を選んだ。

 エリカだけが、母屋ではなく離れで生活しているのは、エリカの母親が百家・千葉家当主の正式な嫁ではなく、昔風に言えば「妾」だったからだ。

 正妻である女性が病床に伏せているのに「そういう事」をしていたのだから、エリカは父親だけではなく母親も責められても仕方ないと思っている。

 箪笥の上に飾られた写真。エリカよりも明るい栗色にも似た金髪の女性がそこに写っている。

 

 アンナ=ローゼン=鹿取

 

 

 それがエリカの母親の名前だ。名前と外見からある程度予想されるとおりの日独のハーフだ。

 ボンヤリと天井を見ていると、不意にドアホンのチャイムが鳴った。呼び出しではなくドアが開いた合図だ。鍵を掛けていなかったから勝手に入ってきたのだろう。部屋を覗かれたわけではないから神経質になるつもりも無かった。

 

「次兄上ですか? どうぞお入りください」

 

 

 足音と息遣いと気配で該当者は二名に絞られ、長兄は例の事件で毎晩遅くまで帰って来ない。そう結論を出してエリカはベッドの上から机の前へ移動した。

 

「寛いでいたところに悪いね、エリカ」

 

「いえ、少し身体を休めていただけですので。それで、何かご用がお有りなのでは?」

 

 

 夏休みはあの女と一緒にいるところを見てつい逆上してしまったが、そでもなければこの兄の傍らは昔からエリカにとって心の休まる場所だった。

 この兄に向かって大声をあげたりするのは、あの女が絡んだ時だけだ。

 

「ああ……言うべきか迷ったんだけど……やっぱり伝えておこうと思ってね。エリカのクラスメイトに司波達也君という少年がいるだろ?」

 

「ええ。彼が何か?」

 

「彼は国防軍に監視されている」

 

「……はっ?」

 

「いきなりの事で信じられないのも無理はない。だけど本当の事だ」

 

 

 エリカが信じられなかった本当の理由を、この兄は知らない。エリカは達也が国防軍の部外構成員である事を知っている。

 その事実は国家機密だと言っていたので、末端の軍人が彼の身分を知らないと言う事は十分にあり得るので、同じ国防軍の人員を使って監視する事に、エリカはバカバカしさを感じたのだった。

 

「僕も非公式の命令を受けた」

 

 

 だが、身内が関わるとなれば、バカにしてばかりもいられなかった。

 

「正式な身分はまだ防衛大学校の学生でしかない次兄上を使わなければならない任務ですか? それは一体どのような?」

 

「彼を監視し、必要とあれば護衛せよ、と」

 

「監視と……護衛?」

 

 

 兄から内容を聞き、身の回りに気をつけるように言われたエリカは、聞き分け良く頷き兄を部屋から送り出した。

 

「(次兄上に言われた通り、達也君と気をつけます)」

 

 

 彼女が内心、兄の忠告を無視していたなどと、修次は思いもしなかったのだった。




リーナとエリカ、どっちが優秀なのか……

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