劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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フェアな交渉

 スターズの隊員二人を一瞬で無力化した八雲が、何時も通りの飄々とした顔で近づいてくるのを見て、ここまで「何時も通り」を保つ事は出来ないな、と達也は己の未熟を実感していた。

 

「いやぁ、達也君。危ないところだったね」

 

「白々しいですよ、師匠。隠れて出番を待っていたくせに」

 

 

 感心したままでは癪だったので、皮肉の一つでも投げてみたが、そのセリフに反応したのはリーナだった。

 彼女の前にはCADを構えた深雪、達也の右手はまっすぐリーナに向いたままで、八雲の視線は達也に向けられているが、その視界の中にしっかりとリーナの姿を納めている。今や包囲されているのはリーナの方だった。

 

「まぁ良いじゃないか。君も色々と訊きたい事があったみたいだし」

 

「えっ、そうだったのですか、お兄様」

 

 

 狼狽した表情で深雪が振り向く。リーナから目を離す格好になってしまったが、達也と八雲が同時に圧力を高めた為、リーナは身動きが取れなかった。

 

「情報を引き出す為にわざと囲ませていたのですね……そんなお考えとは露しらず、出しゃばった真似をしてしまいました。お許しください、お兄様」

 

「いや、危なかったのは確かなんだから、お前の判断は間違ってないよ。だから謝る必要は無い。むしろお礼を言わなきゃな。深雪、ありがとう」

 

「お兄様……もったいないお言葉です……」

 

「それに、聞きたい事はこれから訊けば良いだけだしな」

 

「……力尽くで訊問するつもり?」

 

「訊問というのは大概力尽くなものだと思うが?」

 

 

 歯軋りの伴奏でも付いていそうな声で問うリーナに、達也は間接的な肯定を返した。

 

「一対三なんてずるいじゃない! アンフェアよ!」

 

「アンフェアって……貴女たち、何人でお兄様を取り囲んでたのよ」

 

 

 悔しさ全開の非難に、深雪が呆気に取られた声でツッコんだ。

 

「まぁそう言うな。フェアという言葉は自分が有利な立場にある時に有利な条件を維持する為に使われる建前、アンフェアという言葉は自分が不利な状況にある時に相手から譲歩を引き出す方便だ。腕力で勝てそうにないなら口先で争いを回避するというのは、戦術的に間違って無い。本気にしたら負けだよ、深雪」

 

「なるほど、そういうものなのですね」

 

 

 あまりに身も蓋も無い内容だったが、少なくとも深雪を落ち着かせる効果はあったようだ。同時にリーナを沸騰させる効果もあったようだが……ちなみに、八雲は声を押し殺して笑っている。

 

「建前ですって? 方便ですって? 本音と建前を使い分けて恥じない貴方たち日本人に言われたくないわ!」

 

「君だって四分の一は日本人じゃないか」

 

「……っ」

 

「君が使っていた『パレード』は日本で開発された術式で、君があの魔法を使えるのは九島の血を、つまり日本人の血を引いているからだろ? それに、ダブルスタンダードはホワイト・エスダブリッシュメントのお家芸、本音と建前を使い分けない民族なんて聞いた事が無いな」

 

 

 白い肌を真っ赤に染めて達也を無言で睨みつけるリーナ。まさしくグウの音も出ないと言ったところだろう。そんなリーナの視線を笑顔で受け止めている内に、殺伐とした空気がすっかり薄れてしまった事に気が付いて、達也は苦笑いを漏らした。

 

「……何がおかしいの?」

 

「いや、このまま訊問したところで、リーナは意固地になって口を割らないだろうとおもってね」

 

「そこはせめて『意地』と言って!」

 

「そろそろ他のグループも駆けつけてきそうだし……」

 

「ちょっと! ワタシの言ってる事聞いてるっ?」

 

「リーナ、フェアに取引と行こう。一対三がズルイというなら、一対一で勝負しようじゃないか。君が勝ったら今日のところは見逃す事にする。その代わり、俺が勝ったら訊かれた事に正直に答える。これでどうだ?」

 

「……いいわ」

 

 

 少しも釣り合って無い取引だったが、リーナに他の選択肢は無かった。リーナが苦慮した挙句に条件を呑むと、達也は満足そうに頷きかけ――妹を見た。

 

「待って下さい! お兄様、リーナとの勝負は、私にお任せくださいませんか」

 

「ミユキ、貴女何を……」

 

「リーナ、覚えておきなさい。私は、お兄様を傷つけようとする者を決して許さないわ。私は貴女の事ライバルで友人だと思ってるけど、貴女がお兄様を殺そうとした事は、例えそれが口先だけのものだったとしても断じて許す事は出来ないわ。貴女は私の手で、その罪を思い知らせてあげる。安心しなさい。殺しはしないから」

 

「ふーん……ミユキ、貴女、ワタシに勝てると思ってるの? シリウスの名を与えられた、このワタシに!」

 

 

 深雪の勝利を確信した宣言に、リーナの胸に負けん気の炎が燃え上がった。にらみ合う二人の美姫。

 

「分かった。深雪、お前に任せる。リーナもそれでいいな?」

 

「ありがとうございます、お兄様」

 

「承知よ。もしワタシが負けたら何でも話してあげる。そんな事あり得ないけどね!」

 

 

 合意は成った。こうして二人の類稀な美少女による、華麗なる決闘の幕が切って落とされようとしていたのだが、リーナはまだ何か言いたそうな顔をしていた。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「ワタシが勝った時、もう一つ条件を付け加えたいのだけど」

 

 

 リーナのセリフを聞いて、達也は深雪に視線を向けた。その視線を受け、深雪は小さく、だがハッキリと頷いたのだった。

 

「良いだろう。それで、追加の条件っていうのは?」

 

「ワタシが勝ったらタツヤ、貴方を貰いたい」

 

「……なに?」

 

「ステイツに貴方を連れて帰りたいって言ったのよ。ワタシのフィアンセとしてね」

 

 

 リーナの発言に、達也は呆気にとられて反応出来なかったが、それを傍で聞いていた深雪は、すぐさま反応出来たのだった。

 

「そんな事、認められるわけ無いでしょ! お兄様とリーナが、なんて!」

 

「あら? ミユキ、貴女、ワタシに勝つつもりなのでしょ? だったらこれくらいの条件、問題なく呑めると思うのだけど?」

 

「……良いわよ。リーナ、貴女、私を本気で怒らせた事を後悔しなさい!」

 

「……とりあえず、場所を変えるぞ。こんな場所で勝負を始めるわけにもいかないからな」

 

 

 何とかそう言い、達也の後には深雪が、八雲とリーナは弟子が運転するセダンにそれぞれ乗り、この場所から移動し始める。リーナの目には、深雪が達也にくっつき過ぎなように見えていたのだが、それは八雲も同じ考えだっただろう。




リーナの爆弾発言! 深雪の心に火をつけた

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