何か決定的なピースが足りない、ということを認識出来るレベルまでピースを集める事が出来たのは、今の段階でいえば満足する成果だろう。これまで入手した情報を頭の中で反復しながら、達也は深雪を待たせている生徒会室へと急いだ。
「(少し長引いてしまったからな……)」
放課後と言えど今日は土曜日。そとはまだ明るく、達也が心配しているのは帰る時間が遅くなる事ではない。仕事をしてると言っていたのでおそらくはほのかも一緒にいるのだろう。その二人が達也をおいて先に食事を摂る、などとは考えられないのだ。
「(先に食べるように言っておけばよかったか)」
達也の命令ならば深雪の個人的感情を抑える事が出来るのだが、こんな事にそんな形を取りたくないと考えていたのだった。
階段をすっ飛ばして上り、生徒会室まで急いだ達也。扉の前につくと、それを見計らったかのようなタイミングで生徒会室の扉が開いた。
「あら、タツヤ」
「やあリーナ、調子はどうだ?」
生徒会室を出ようとしていたリーナだったが、達也の姿を見て止まった。そのリーナのわきを通り達也は軽く肩を叩きながら訊ねた。
「上々よ。ミユキ、やっぱり残るわ」
お返しとばかりに達也の肩を二回ポンポンと叩きながら、リーナは回れ右をして深雪にそう告げたのだった。
「残る?」
「お昼一緒にどうかって誘われてたのよ」
生徒会室のダイニングサーバーを視線に捉え、達也は納得したように大きく頷いたのだった。
「達也さんは座っててください」
「私たちが用意しますので。リーナも座ってて」
達也が到着したのを合図に、ほのかは調理パネルを操作し、深雪はお茶を淹れるべくテキパキと動きだす。その姿を見てリーナは達也に視線を向け、達也は苦笑いを浮かべたのだった。
「そういえばリーナは何の用事で生徒会室に?」
「色々と面倒な事になってきたから、学校の要求を受けようかと思って」
「面倒な事?」
達也が首を傾げたのと同時に、ほのかと深雪が達也の前にそれぞれ準備したものを置いた。
「達也さん、リーナが何処の部活にも所属してないのは知ってますよね?」
「ああ」
「その勧誘合戦がヒートアップしてきてるのですよ、お兄様」
「それで学校側はこれ以上ヒートアップされたくないようで、リーナが留学中の間臨時生徒会役員にしたらどうかって提案をしてきたんですよ」
見事なコンビネーション、なのかはともかく、ほのかと深雪が知りたかった事を丁寧に説明してくれた。
「そこまで熱を込めて勧誘するのか……よほどリーナに興味があるんだろうな」
「いえ……リーナの写真集を作って売りさばこうと計画してるんですよ」
「……ウチの学校に写真部なんてあったか?」
「美術部の写真チームですよ。リーナを軽体操部に入れて、その写真を撮ろうって魂胆のようです」
魔法師ならではの軽体操は、特徴的なコスチュームを着て演技する事もある。深雪やほのかが出場したミラージ・バットは軽体操が発展して出来た競技だ。
「確かに絵にはなるだろうが、それで儲けようとするのはどうかと思うぞ」
「お兄様はリーナのそんな姿を見たいのですか?」
「そうなの? タツヤになら見てもらっても良いけど」
「……言い方が悪かったな。そもそも本人が乗り気ではないと分かっているので皮算用でそんな事を企画するのは良くないだろ」
「そうですよね! でも良かったです」
「なにが?」
急に安堵したほのかに、達也は首を傾げながら訊ねた。
「だって、達也さんもリーナの写真集がほしいとか思ったらどうしようって思ってたので」
「だから言ったでしょほのか。お兄様がそんな俗物的な事を考えるわけないって」
「でもミユキだって少しは気にしてたくせに。タツヤがワタシに夢中になったらどうしようって」
「リーナ!」
「……とりあえず食べないか?」
三人が繰り広げ出した実の無い会話に呆れながら達也が提案する。この騒ぎを落ち着かせる方法が他に思いつかなかったのだ。
「そうですね。達也さんを待たせるなんて駄目ですもんね」
「そうね、ほのか。お兄様を待たせるなんて極刑ものだわ」
「タツヤってそこまで偉かったのね」
「………」
もしこの場に第三者がいたら何と思うだろう、とくだらない事を考えながら、達也は盲目的な視線を向けてくる二人の美少女を見た。すると数秒目が合っただけで二人は顔を赤くして達也から視線を逸らした。
「それで、リーナはどうしたいんだい?」
「なにが?」
「臨時生徒会役員の事だよ。確かに生徒会業務を理由に断れば勧誘は収まるだろう。現に深雪に対して勧誘してくる部活は皆無だ」
「そうらしいのよね……でも、色々と忙しいから生徒会業務って言われても」
リーナの言う「色々」が何であるかが分かってる達也は、苦笑いを堪えるのに必死だった。
「リーナって放課後は何をしてるの? あまり一緒に行動した事ないけど」
「だってホノカやミユキは生徒会の仕事で、タツヤは風紀委員の見回り、エリカたちは部活だって言ってみんな忙しそうにしてるじゃない。それに、ワタシも日本の事を勉強したり授業の復習をしたりと忙しいのよ」
「なるほど。確かに私たちも忙しいけど、リーナも忙しそうね」
「日本にいる九島将軍に挨拶したり、その関係者と会ったりもしてるからね」
「そうなんだ」
「あっ、そうだ。そういえば関係者の中にタツヤの事を気にしてる女性がいたわよ」
会話の流れで思い出したのか、リーナが達也にキツ目の視線を向けて来た。
「誰だ?」
「えっと確か……将軍の孫娘とか言ってたわね」
「そうか」
「知り合いなんですか?」
「ほのかも会った事あるだろ? 藤林さんだ」
例の横浜での騒動の時に、達也と行動を共にしていたほのかは響子に会っているのだ。それだけで伝わったのか、ほのかはそれ以上詮索してこなかった。
「あんな綺麗な女性と知り合いなんて、タツヤって隅に置けないのね」
「ちょっとした知り合い程度だ。リーナが思ってるような関係じゃないさ」
「ワタシは別に変な勘ぐりなんて起こして無いわよ?」
視線をさまよわせながら答えるリーナに、深雪は笑いをこらえるのに結構苦労していた。
「それで、リーナは生徒会役員になるのか?」
「そうね、これだけ楽しいならなっても良いかな。でも、今日一日仕事内容を見させてもらってから決めるわ」
即決はしないが興味はあるようで、リーナはそのあとあずさや五十里が来て仕事が本格的に進められるさまをずっと見ていたのだった。
ハーレム? それとも針の筵?