劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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久しぶりのあの人が……


質問と許可

 追跡を断念した達也は、ヘルメットを脱ぎバイクを降り二人の様子を確かめた。

 

「二人とも、無事か?」

 

「僕は平気」

 

 

 本人の言うように、幹比古に怪我をしている様子は無い。エリカの方はと言うと……

 

「……あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんですけど」

 

「ああ、悪い」

 

 

 顔を赤くして明後日を向いている幹比古にならって、達也は顔を背けた。素肌が見えていたわけではない。皮膚を保護するアンダーウェアの破損は見られなかったが、アウターのボトムから胸の下あたりまで所々裂けて、身体のラインが見え隠れしているのだ。

 

「……ねぇ、何か羽織るものを貸してくれない?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 

 達也はバイクのシートを持ち上げ、急に寒くなったりした時の為に常備してある上着をエリカに投げ渡す。さすがに自分が来ているブルゾンを渡すわけにはいかなかったからだ。

 

「ありがとう。もう良いわよ」

 

 

 別に裸でもないし、それどころかセミヌードですら無かったので、「大袈裟な」というのが達也の偽らざる感想だったが、これも一種の様式美なのかもしれない。それに羞恥心が乏しいよりは数段好ましいのも確かだと思い、達也はその事を考えるのを止めた。

 

「エリカは怪我は無いか?」

 

「念の為に鎧下を着けてて良かった。そうじゃなかったらエライ目に遭ってたとこよ」

 

「爆風の中にカマイタチが混じっていたようだな」

 

「そうみたい……あの仮面め、今度会ったら服を弁償させてやる」

 

「相手は鎖骨を痛めていたようだぞ」

 

「それはそれ、これはこれよ」

 

 

 達也の言った通り、エリカもやられる一方ではなく一太刀を報いていた。当たりは浅かったが、衝撃波に吹き飛ばされる直前、エリカの刀は仮面の魔法師の右肩を捉えていたのだ。

 

「……少し動くなよ」

 

 

 達也は周りに人の気配、カメラが無い事を確認して左手でCADを構えた。

 

「スゴイ、さすが達也君! ……あれ? ところで達也君、どうしてここに?」

 

 

 服を再成してもらい感謝の言葉を述べた後、さっきから聞きたくてうずうずしていた事をエリカは訊ねた。でも本人はあくまでも今気づいた体で話しているので、達也はその事は指摘せずに、素直に答える事にした。

 

「どうしてって、幹比古に連絡をもらったからだが」

 

「ふ~ん」

 

 

 幹比古の顔に動揺が走り、非難の目を達也に向けた、だがいかにも機嫌の悪そうな声に、幹比古はぎこちなくエリカの方へ視線を移した。

 

「それで危ういところに助っ人が間に合ったってわけね。ミキ、ファインプレーじゃない! ……ところで、何時連絡したの? アタシ、聞いた覚えが無いんだけど」

 

「………」

 

「二人とも、取り込み中みたいだけど移動しなくていいのか? 人が集まってきてるぞ? 師族会議には断りなしなんだろ?」

 

「やばっ!」

 

「エリカ、乗ってくか?」

 

「うん、お願い」

 

 再びバイクに跨った達也が訊ねると、エリカは嬉しそうにタンデムシートに飛び乗り達也の腰にしがみついた。若干近すぎるようにも見えたが……

 

「達也、僕はっ?」

 

「悪いな、定員オーバーだ」

 

 

 遠ざかる達也たちに、幹比古は大声で叫んだ。

 

「ノーヘルは罰金だぞ!」

 

 

 置き去りにされ負け惜しみの叫びを言い、幹比古はしばし呆然とその場に立ち尽くしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカを送り届け帰ってきた達也を出迎えた深雪は、達也の言葉に呆気にとられてしまった。

 

「はっ? 叔母様に、ですか?」

 

「叔母上に相談したい事があってね」

 

 

 だから電話を掛けてくれないか、と達也はもう一度深雪に頼んだ。

 四葉家に仕えている者たちの多くは、達也が真夜の甥である事を知っている。同時に、四葉家にとって達也が道具に過ぎない事も知っている――兵器である事を知る者は少ないが。

 故に達也が真夜に電話を掛けたとしても、取り次ぎの途中で切られてしまう可能性が大なのだ。かといって直通の番号に掛けたのなら、要件を言う前に真夜が発狂して相談どころでは無くなってしまうのだ。

 

「お兄様のお言いつけとあらば……少し、お待ちいただけますか」

 

「ああ……俺も着替えてくるか」

 

 

 血のつながりがあるとはいえ、普段着では電話を掛けられない、映像をカットするなんてとんでもない、兄妹にとって、叔母はそういう存在だった。

 着替えを済ませ深雪が四葉家に電話を掛けると、恭しく一礼をした執事が真夜に取り次いでくれた。これが達也だったら先に言ったように切られた可能性が高かっただろう。たとえ真夜が達也を溺愛しているとしても……

 

「夜分遅く、申し訳ございません」

 

『良いのよ。それよりも深雪さんから電話してくれるなんて珍しいわね』

 

「お兄様が叔母様に相談したい事があるようなので」

 

『たっくんが! 何かな?』

 

 

 さっきまで年齢不詳の美貌に意味不明の笑顔を貼り付けていた真夜だったが、達也の名前が出ると急に幼児退行したような笑顔を浮かべた。

 

「叔母上、実はお訊ねしたい事が一つ、お許し願いたい事が一つあるのですが」

 

『たっくんのお願いなら何でも聞くよ?』

 

「ではお言葉に甘えまして……叔母上、九島家の『仮装行列(パレード)』がどのような仕組みの魔法なのか教えて頂けませんか」

 

 

 達也の隣で深雪が呆気にとられた顔で絶句している。画面の向こうで葉山が眉を片方だけ上げるという器用な真似をしていた。

 

『たっくん、「パレード」は九島家の秘術ですよ。その秘術を私が知ってると思ってるの?』

 

「叔母上には、九島閣下の教えを受けられていた時期がお有りですよね」

 

『でも、何で「パレード」の内容を知りたいの?』

 

 

 当然の疑問をこぼした真夜に、達也は端的に事実を告げた。

 

「俺の『眼』を誤魔化し、また雲散霧消の照準を外されました」

 

 

 その事実を聞き顔を蒼くして声を失う深雪。彼女の受けたショックは画面の向こうにも伝わったようで、真夜が一瞬眉間に皺を寄せた。すぐに笑顔を回復したが、達也にはバッチリ見られていた。

 

『雲散霧消が通用しなくても、トライデントなら問題ないんじゃない?』

 

「パレードは二重展開出来ないのですか?」

 

『パレードは老師より老師の弟さんの方がお上手だというお話を聞いた記憶があるんだけど』

 

「ありがとうございます。叔母上、どうも今回の一件は我々の手に余るようです。そこで援軍を頼みたいと思うのですが」

 

『それが許してほしいって事ね……良いわよ。風間少佐との接触を許可します。でも、あの藤林のご令嬢と仲良くするのは駄目だからね』

 

 

 真夜に対して一礼して、達也は画面の外に引き下がる。最後の忠告は聞こえなかったフリをして。




電話越しとはいえ、変わらぬ達也への愛……

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