劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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言ってる方には悪気は一切ありません


言葉の端々に

 紙に墨で書かれた由緒正しい札と、達也でさえ初めて見るような伝統呪法具を駆使してレオの状態を確認し終えた幹比古は驚きを隠そうともしなかった。多分、隠すと言う事すら思い至らなかったのだろう。

 

「何と言うか……達也も大概凄いと思ったけど、レオ、君って本当に人間かい……?」

 

「おいおい、随分なご挨拶だな」

 

 

 冗談なら兎も角、しみじみと呟かれてはさすがにレオも笑い飛ばせないようだった。レオは明らかに気分を害している。しかしそんな事も気にならない、というか、気がつかないほど、幹比古は驚いていた。

 

「いや、だって……良く起きていられるね? これだけ精気を喰われていたら、並みの術者なら昏倒して意識不明のままだよ」

 

「精気が何なのかは一先ず置いておくとして、失った量まで分かるのか?」

 

 

 凄いな、という顔で問い掛けてきた達也に、幹比古は満更でもなさそうな顔で頷いた。達也の表情は演技なのだが、それを幹比古が見破れるはずもなく、まんまと達也に乗せられた形になったのだが、それに気付けたのは深雪だけだった。

 

「幽体は肉体と同じ形状を取るからね。容れ物の大きさが決まってるから、元々どのくらい精気が詰まっていてそれがどれだけ減っているかというのもおおよそ見当がつくんだよ。今のレオには、普通の人間なら起きていられない、それどころか意識も保てない程度の精気しか残って無い。この状態の身体を起こして話が出来るなんて、よほど肉体の性能が高いんだろうね」

 

 

 幹比古にとっては何気なく口を出た言葉だが、「性能が高い」という表現は、性能アップの為の改造を受けた遺伝子を受け継ぐレオの心を抉った。

 

「まぁな。俺の身体は特別製だぜ。で、結局俺の力が抜けたのは、その精気ってヤツを覆面女に喰われたから、って理解すりゃいいのか?」

 

 

 レオは波立つ心の揺らぎを抑え込んでそう訊ねた。レオの心の裡を理解出来るものは、同じように弄られた経験を持つ達也だけだが、彼の心には一瞬以上揺らぐ事が許されていないので、同情は出来ても同感は出来なかった。

 

「そう思う。でも……」

 

「でも?」

 

「……殴り合ってる最中に触れるだけで精気を吸い取れるのなら、血を奪う必要は無いはずなんだ。傷痕を残さず血を奪う、その方法も分からないけど……このパラサイトは何故血を奪うなんて余計な手間を掛けているんだろう?」

 

「失礼します。面会時間は終了です」

 

 

 幹比古が考え込もうとしたタイミングで、看護師が部屋を訪ねてきた。面会時間が終了したのなら仕方ないと、五人は病室を後にした。

 ちなみに、エリカは兄の寿和に用があると言って残った。

 

「そうだ――幹比古」

 

「うん?」

 

 

 急に名前を呼ばれて、美月とおしゃべりしていた幹比古は訝しげに達也へ顔を向けた。達也の両脇には深雪とほのかが、腕は組んでいないが距離的にはそれと変わらない位置にいるのを見て、幹比古は少し嫉妬した。

 

「さっき訊き忘れていた事があるんだが」

 

 

 正確に言えば、盗聴器を気にして訊かなかったのだが、今の口調からそういう剣呑な裏事情を読み取る事は幹比古でなくても難しかっただろう。

 

「何だい?」

 

「妖魔とか悪霊とかパラサイトとかいうヤツらは、頻繁に出現するモノなのか?」

 

「ッ!? ゴホゴホ……いや、滅多に出現するモノじゃないよ。術者が本物の魔性に出会う確率は、そうだね……一つの流派の中で十世代に一世代ぐらいじゃないかな。世界的に見ても百年に一回有るか無いかってレベルだよ」

 

「だが、今回の吸血鬼事件はその『本物の魔性』の仕業なんだろう」

 

「そう思う」

 

「偶然だと思うか?」

 

 

 達也の問い掛けに、幹比古は酷く慎重なものを返した。

 

「偶然の可能性がゼロとは言わないけど……歴史が現代に近づくにつれて、間違いなく魔性の観測例は減少している。今回の事件が何の原因も無く起こったものだとは、僕には思えない」

 

「そうか」

 

 

 幹比古の答えに、達也はそう呟いただけでそれ以上は何も話さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也たちが帰り、代わりに花耶が病室に戻ってきたのを確認してレオは力尽きたようにベッドへ倒れた。エリカは事情を知っているので素直にレオを褒め、優しげな笑みを浮かべた。

 その表情を見て安心したのか、レオは意識を手放し眠りについたのだった。

 

「あの、エリカさん……弟は本当に大丈夫なんでしょうか」

 

「大丈夫です。千葉家が知る限り最高の名医に治療させています。魔法師でないお姉さんにはお分かりになり難いかもしれませんけど――」

 

 

 エリカの言葉に花耶が身体を小さく震わせたのにエリカも気づいたが、いたわるような言葉は彼女の口から出てこなかった。

 

「じゃあアタシは兄のところへ行ってますので」

 

 

 エリカは花耶に形だけの一礼をして病室を出て行った。

 

「お嬢さん、もう少し手加減した方が良いんじゃないですか?」

 

 

 盗聴している例の部屋に入った途端、稲垣からエリカにそんな声が掛けられた。

 

「別に魔法師を好きになれなんて要求をするつもりはないわ。親だろうと兄弟だろうと、怖いものは怖いでしょうからね。だったらこちらもそういう認識で付き合うだけよ。それよりも……聞いてたんでしょ、さっきの話」

 

 

 背もたれに大きく寄りかかって、首の後ろで組んだ両手で自分の頭を支えていたエリカの長兄は、乱暴な仕草で頭からヘッドホンをむしり取って身体を起こした。

 

「なかなか興味深い話だったな。で、推測が当たってるとしてエリカ、お前はどうする?」

 

「当たり外れは関係ないでしょ、この場合。例え一時の事でも、アイツは千葉の門を跨いだウチの門人よ。それもアタシが直々に技を手解きしたんだから、アタシの最初の弟子と言う事も出来る、弟子をやられて黙っていられるはずが無いでしょ」

 

「色気の無い理由だな」

 

「色気が無くて結構よ」

 

「西城君じゃ無く吉田家の二男坊か?」

 

 

 探るような問い掛けをしてきた『バカ兄貴』に、エリカは殴りかかりたくてしょうがなくなっていた。彼女の殺気を感じ取り、寿和も稲垣も数歩、エリカから距離と取ったくらい、エリカの殺気は凄まじいものだったのだ。




無自覚って恐ろしいですね……

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