劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相変わらずの深雪の信頼……


それぞれの思考

 魔法科高校には寮が無い。だが現代ではオンラインで日用品の買い物は出来るし、HARが家事一切をやってくれるので特に問題は無い。

 したがってリーナも学園近くに部屋を借りている。単身者・学生用のワンルームではなく、少人数家族用のファミリータイプの間取りの部屋を借りているのは、彼女が一人暮らしではないからだ。

 

「お帰りなさい、リーナ」

 

「シルヴィ、先に帰っていたんですか」

 

「もう夜ですよ?」

 

 

 彼女の補佐を務めるシルヴィア准尉がリーナを待ち構えていたように玄関へ出てきて、少し呆れたように返された言葉に苦笑いを浮かべて部屋へと入って行った。

 

「ミア、来ていたんですか」

 

「はい、お邪魔しております、少佐」

 

「座ってください、ミア。シルヴィ、お茶をお願いします」

 

 

 普段のシルヴィアなら階級差など無視して「女の子なんだからお茶くらい自分で淹れなさい」と言い返しただろうが、彼女は空気が読める女性だった。

 

「ミルクティーでいいですね? ミアもお代わり、どうですか?」

 

「あっ、はい、いただきます」

 

 

 シルヴィアの問い掛けに恐縮した様子の彼女――ミカエラ・ホンゴウ。ミアというのは愛称で、リーナと同じ日系アメリカ人だ。

 彼女は先月の初めからマクシミリアン・デバイス日本支社のセールス・エンジニア「本郷未亜」として魔法大学に潜りこんでいるサポートスタッフだ。

 

「何か分かりましたか?」

 

 

 リーナはまず、テーブルにティーカップを並べ終えて席に着いたシルヴィアに訊ねた。

 

「公的なデータベースを洗い直していますが、今のところはまだ何も新しい情報は見つかってません」

 

「そうですか。そんなにすぐ結果が出るようなものでもないでしょうね。ミアの方はどうですか?」

 

「こちらもまだこれと言って……すみません」

 

「リーナは如何です? 少しはターゲットと親しくなりましたか?」

 

 

 シルヴィアの反問に、リーナは表情を曇らせた。

 

「少しは親しくなった、と思いますけど……競争率は高そうですね」

 

「リーナ、何の話ですか?」

 

 

 シルヴィアの問いに、リーナは咳払いで誤魔化して続けた。

 

「肝心な事はまだ何も。それより先にコッチの正体がばれちゃいそうです」

 

「……何かあったんですか?」

 

「タツヤに『アンジェリーナの愛称はアンジーじゃないか』って訊かれました。ドキドキしましたよ」

 

「偶然ではないんですか?」

 

「分かりません。サッパリです。あの目は全てを見通してるようにも思えましたけど……相手は所詮高校生。私がシリウスだなんて本気で考えているはずありません。仮に疑っていたとしても尻尾を掴ませたりはしませんよ」

 

 

 「尻尾を掴ませない」というのはかなり消極的な発言だ。そもそも尻尾を掴まなければいけないのはリーナの方であって、達也に疑われてる時点で後手に回っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室で深雪の測定を終わらせた達也は、ガウンを下着姿の妹に手渡した。

 

「……何か至らぬところがございましたか? お兄様、どうぞ遠慮なさらず仰ってください。お兄様の仰る事でしたら、深雪はどんなことでも致しますので」

 

「いや、至らぬところがあったとすれば、今回は俺の方だよ。魔法式構築規模の上限が予想を超えてレベルアップしている。その所為でCADの処理能力がお前の魔法力についていけてないな。余裕を持たせた設定にしていたつもりだったけど……読みが甘かったな」

 

「すみません……」

 

「何を謝るんだ? 逆に誇るべきことなのに」

 

 

 しゅんとうつ向いてしまった妹の髪をクシャッと撫でて、顔を上げた深雪に達也は優しく笑いかけた。

 

「リーナが同じクラスに編入してきた事が、良い刺激になっているみたいだな」

 

「そうですね……生意気なセリフかもしれませんが、彼女ほど手応えのある相手は今までいませんでした。ところでお兄様、お昼のご質問はやはり?」

 

「お見通しかい?」

 

 

 軽く笑いながらそう言った後、達也は笑みを消した鋭い表情できっぱりと答えた。

 

「確かに俺は、リーナが『シリウス』だと考えている。本当に深雪には隠し事なんて出来ないな」

 

 

 再び笑みを浮かべて両手を上げて見せた達也に、深雪も表情を崩し悪戯っぽく笑いながら人差し指を突き付けるポーズをとった。

 

「それはもう。深雪は誰よりも、お兄様の事を見ておりますから」

 

「続きは上で話そう。深雪、着替えておいで」

 

 

 彼女の言葉を冗談だと思い込んで、達也は深雪に着替えてくるように命じる。いくら空調が効いているとはいえ、何時までも下着にガウンだけの格好では落ち着かないのだ。

 着替えを済ませ、兄と自分の分の飲み物を用意して、深雪は達也の隣ではなく正面のソファに座った。

 

「さっきの話だけど、高い確率で、リーナは『アンジー・シリウス』だと思う」

 

 

 深雪の色っぽい格好にも全く動じず、達也は先ほどの話を再開した。少し不満げながらも、深雪も大人しく会話を再開させる事にした。

 

「分からないのは、向こうに『シリウス』の正体を何が何でも隠そうとする姿勢が見られない事だ。むしろこちらに正体を気づかせようとしているようにも見える」

 

 

 分からないのは当然で、リーナの個人的な、と言うか精神的なガードがUSNA軍にとっても想定以上に緩いせいだった。などと言う理由は、いくら達也でも推測の範囲外だ。

 

「そして――」

 

「何故USNA軍は切り札とも言えるシリウスを投入してきたのか、と言う事ですね」

 

「その通りだ。一週間観察した限りにおいて、リーナの能力は諜報向きのものではない。おそらく本命は別に動いているんだろうが、隠れ蓑に使うには」

 

「シリウスは大物すぎる……」

 

「リーナがシリウスだと仮定して……スパイ任務は次いで、だな。本来の任務は別にある」

 

「USNAがシリウスを国外に投入する任務……いったい、何でしょう?」

 

「分からない……だけど今の段階で気にする必要は無いと思うよ。折角アメリカがお前の為にライバルを提供してくれたんだ。深雪」

 

「はい、お兄様」

 

「リーナとは全力で競い合うんだ。昼はああ言ったけど、勝ち負けに拘るくらいでちょうど良い。それがお前を今以上の高みに押し上げてくれる」

 

「はい」

 

「競い合う事が成長の糧になるのはリーナも同じだろう。だが、気にする必要は無いぞ。こんなチャンスは滅多に無い」

 

 

 力強く言い聞かせる達也の言葉に、深雪は不安の影一つない静かな笑みを浮かべた。

 

「はい。それに、深雪にはお兄様がいます。お兄様がついていてくださる限り、相手がシリウスであろうとも恐れはしません」

 

 

 達也が言っているのは競争相手としてという意味で、闘争相手としてという意味ではない。些かピントのずれたセリフの妹を見て、達也は少し不安に思ったが、深雪の寄せるヒビ一つ無い信頼に、躊躇い無く頷いたのだった。




何処でデレさせるか……

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