劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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追憶編、リーナが出る代わりに雫の出番が減る……


北山家での試験勉強

 西暦二〇九五年も残すところ一ヶ月となった。思えば目まぐるしい一年だった。この一年を振り返って達也はしみじみそう思った。

 四月にテロリスト、八月に犯罪シンジケート、十月には外国の侵略と戦ったのだ。激動、というにも程がある。

 だが達也にはまだ、今年一年のゆっくりと振り返る余裕は無い。それは「まだ一ヶ月ある。何事も終わってみなければ分からない」という処世訓的な意味ではなく、もっと差し迫って現実的な理由で。

 

「……ぐぁー! 訳分かんねぇ!」

 

「五月蠅い! 叫ぶな! 鬱陶しい!」

 

「エリカに同意したいけど、私も分からないのよね」

 

「レ、レオ君もエリカちゃんも落ち着いて……エイミィさんも煽らないで」

 

 

 それは中、高、大を問わず、およそ学生と名のつく者にとって忌まわしき天敵。避けられぬ障害。乗り越えなければならない壁。もうすぐ定期試験がやって来るのだ。

 

「お兄様、ここなのですが」

 

 

 試験勉強の為に集まっているのは雫の家――と言うか、屋敷である。達也、深雪、エリカ、レオ、美月、幹比古、ほのか、雫、エイミィ、スバルまで、一人も欠ける事無く顔を揃えたのは偶然ではなく、達也の知識を当てにした形が大きいだろう。まぁ勉強会と言っても、筆記試験に限って言えばこのメンバーのほとんどが成績優秀者。唯一の例外と言えるレオも、単に平凡というだけで赤点の心配をする必要は無い。赤点を心配しなければならないのはむしろ実技の方だが、こちらは勉強会の守備範囲外だ。

 時々奇声は上がるものの、おおむね和やかなお茶会の雰囲気だった――この、雫の爆弾発言までは。

 

「えっ? 雫、もう一回言ってくれない?」

 

「実はアメリカに留学する事になった」

 

 

 慌てて訊き返したほのかに、一言一句変わらぬ答えを全く同じ口調で雫は繰り返した。

 

「聞いてないよ!?」

 

「ゴメン、昨日まで口止めされてたから」

 

 

 血相を変えて詰め寄ってくるほのかに、この時ばかりは誰の目にも分かる、すまなそうな表情で雫が頭を下げる。その様子に本当は雫ももっと早く打ち明けたかったのだと否が応でも理解させられて、ほのかはそれ以上何も言えなくなった。

 

「でもさ、留学なんて出来たの?」

 

「ん、何でか、許可が下りた。お父さんが言うには交換留学だから、らしいけど」

 

「交換留学だったら何故OKが出るんでしょう?」

 

「さぁ?」

 

 

 美月の質問はもっともなものであり、一緒になって首を傾げている雫を責めるのは酷というものだろう。交換留学だから構わないというロジックは達也にもさっぱり理解出来なかった。

 

「期間は? 何時出発するんだ?」

 

「年が明けてすぐ。期間は三ヶ月」

 

「三ヶ月なんだ……ビックリさせないでよ」

 

 

 雫の答えを聞いて、ほのかが胸を撫で下ろした。どうやら彼女はもっと長期間の留学だと考えていたようだ。だが達也の「常識」では、三ヶ月でも長すぎるくらいだったのだが。

 

「じゃあ送別会をしなきゃな」

 

 

 如何でも良い事に頭を悩ませるでもなく、達也は「当面の事」を友人たちに提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定期試験も無事終わり(数人は達也に感謝の言葉を述べたので大丈夫だと判断した)十二月二十四日土曜日。二学期最後の日であり同時にクリスマス・イブでもある。

 街はクリスマス一色……クリスマス商戦一色と言い換えた方がもしかしたら正確かもしれないが、そんな風に斜に構えて一人あぶれている方が、よほど愚かしいというもの。

 例え送別会のはずなのに、開催日をわざわざ十二月二十四日に持って来て、目の前に大きな生クリームのホールケーキが置かれていて、ケーキの上には「MERRYXMAS」と書かれたホワイトチョコの板が飾れていても、それを「おかしい」などとは言ってはならないのである。

 

「お兄様、何か気がかりな事でも?」

 

 

 目ざとく達也の変化に気づいた深雪に、達也は「何でも無いよ」と首を振った。そう、何でも無い事、でなければならない。主賓に不快感を与えるような事があってはならない。今日の彼はもてなす側なのだから。

 

「飲み物は行き渡った? じゃあ、些か送別会の趣旨とは異なるけど、せっかくケーキも用意してもらった事だし、乾杯はこのフレーズで行こうか……メリー・クリスマス」

 

「メリー・クリスマス!」

 

 

 落ち着いた声で乾杯の音頭をとった達也に、はっちゃけた歓声で応えて友人たちはグラスを高く突き上げた。

 喫茶店「アイネ・ブリ―ぜ」の入口には「本日貸切」の札が掛っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋を隔てた北米大陸中央では、まだクリスマスイブの前の夜。そろそろ日付が二十四日に変わろうとしているところだ。クリスマスを単なるイベントの一つと捉えている者が大半を占める日本と比べ、アメリカでは遥かに真摯に、敬虔に、あるいは熱心にクリスマスを迎える。

 ところがそんなクリスマスイブの前日深夜、ビルの屋上から屋上へ飛び移っていく人影があった。そしてその不審者を空中から包囲する複数の人々。まだ普及が始まったばかりの飛行魔法特化型CADを使用しているところを見ると、警察、あるいは軍の魔法師だという事が分かる。

 

「止まりなさい、アルフレッド・フォーマルハウト中尉! 最早逃げ切れないのは分かっているはずです!」

 

 

 逃走者の正面に、目の周りを覆う仮面を着けた小柄な人影が立ち塞がる。投降を呼びかける、甲高い少女の声。その小さな身体に何を見たのか、逃亡者アルフレッド・フォーマルハウトはピタリと足を止めた。

 

「……いったいどうしたんですか、フレディ・一等星のコードを与えられた貴方がなぜ隊を脱走したりしたんですか?」

 

「………」

 

「この街で起きている連続焼殺事件も、貴方のパイロキネシスによるもの、という者がいます。まさかそんな事はしてませんよね?」

 

「………」

 

「フレディ、答えて下さい!」

 

 

 答えは言葉以外で返ってきた。少女が肩に捲いていたストールが何の火種もなく燃え上がり、燃え尽きる。

 

「フォーマルハウト中尉、連邦軍刑法特別条項に基づくスターズ総隊長の権限により、貴方を処断します!」

 

 

 悲鳴の様な宣告。別の魔法で闇の檻から動けないよう拘束されたフォーマルハウト中尉に対して、仮面の少女、スターズ総隊長アンジー・シリウス少佐はサプレッサーのついた自動拳銃を向けた。

 強力な情報強化により一切の魔法干渉が無効化された銃弾は、無明結界の中に囚われたフォーマルハウト中尉の心臓を一発で貫いた。




どう絡ませるかが問題だな……

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