風間との交渉は、真夜にとり――即ち四葉にとって満足のいく形でまとまった。手玉に取った、というのは言い過ぎだろうが、今回の大亜連合を敵とする戦闘にこれ以上達也を使わないという約束が成立したのは紛れもなく真夜のペースだった。
もっとも、この口約束を遵守するつもりがあるのか、この口約束を全面的に信じていいのかという点には疑問符が付くのだが。
そして今、応接室では真夜と達也が一対一で対峙している。用が終わった風間は当然として、深雪まで席を外す事になったのは真夜の強い指示によるものだ。
深雪としては、真夜と達也を二人きりにするのは頑として避けたかったのだが、四葉家当主である真夜の命令に、次期当主候補である自分が逆らえるはずもないと、半ば諦めが見える表情で応接室から退室したのだった。
「えへへ~たっくんと二人きりになるのは久しぶりだね~」
四葉家当主が使用する部屋に盗聴などの心配は必要ない。それでも、外の気配が完全に遠ざかるまで、真夜は我慢していたのだ。
「叔母上、俺をこの部屋に残したのはこんな事をする為じゃないでしょう?」
「いいじゃない。最近はたっくんに甘えられる機会なんて無いんだし、さっき文弥さんや亜夜子さんを甘やかしていたのでしょ? 嬉しそうに帰る二人を見たって訊いたわよ」
「文弥と亜夜子は再従兄弟ですからね。多少甘やかしても問題はありません。しかし、俺と叔母上の関係はそうではないでしょ? 血縁と言うだけではなく、貴女は四葉家の当主で、俺は次期当主候補のガーディアンでしかないのですから」
「相変わらず固いな~。まっ、それがたっくんの魅力なんだけどね」
真夜は一通り甘えて満足がいったのか、とりあえず達也と対峙する形に戻った。
「それで叔母上、何の話があって深雪まで退室させたのですか?」
「実はね、スターズが動き出してるの」
「それは、アメリカ自体が動き出している、という意味でしょうか?」
今まで微妙に視線を逸らしていた達也が、真正面に真夜を捉える。
「あっ、そんなに見詰められると恥ずかしいな」
「………」
場違いに照れ始めた真夜から、達也は再び視線を微妙に逸らす。普段から正面に捉えない理由は、真夜が恥ずかしがってまともに会話が出来ないからでもある。
「えっと……」
達也が呆れたのを感じ取った真夜が、仕切り直す為に一度咳払いをする。むろん、そんな事でこの空気が完全に変わるわけではないのだが、達也も何時までも呆れ続けるほど暇ではないのだ。
「今はまだ、スターズが独自に調査を開始した段階よ。でも彼らは既にあの爆発が質量をエネルギーに変換する魔法によって引き起こされたものという事まで掴んでいるわ。術者の正体についても、かなりのところまで絞り込んでいます。――具体的には、たっくんと深雪さんを容疑者の一人として特定するまでに」
真夜がもたらした情報に、達也は一往復半、頭を振った。
「……凄い情報収集力ですね」
「伊達に世界最強の魔法師部隊を名乗って無いという事でしょうね」
「いえ、自分が申し上げているのは叔母上の手の者の事です」
応えは返ってこなかった。真夜は虚を衝かれた表情で黙りこんでいる。達也は面白そうな顔も見せず、沈黙の隙間を埋めるように口を開いた。
「世界最強の魔法師部隊を自任する、USNA軍スターズの諜報活動成果を、ほぼリアルタイムで探り出すとは。スパイでも潜り込ませているのですか?」
「……いくらたっくんでも教えられないわよ、生憎だけどね」
「ごもっともです」
何とか真夜が捻りだした応答に、達也は真面目くさった顔で頷く。
「たっくんにはかなわないわね……」
そう呟いた後、真夜はすぐに笑顔を取り戻して達也を見据えた。
「……とにかく、身の周りには気をつけてね。スターズは今までたっくんが相手にしてきた連中の様に甘い相手じゃないんだから。アメリカの覇権を揺るがすと判断すれば、実力で排除に掛ってくるかもしれないんだから」
「それが四葉に飛び火する可能性が出てくれば、別のところから刺客が送り込まれるということですね。肝に命じます」
「私は反対だけどね」
真夜の言葉で明確に今後の四葉の方針を達也にも伝わった。つまりは自分がへまをしたら四葉から刺客を向けられるという事だ。
「ねぇたっくん、学校を辞められない?」
「何故でしょうか?」
「学校を辞めてここで謹慎していれば、スターズの連中に調べられる事もないし、分家の方々から刺客を向けられる心配もないわ。深雪さんのガーディアンは別の誰かを付けるから」
「そうですか、お断りします」
真夜の提案を、達也は間髪をいれずに断った。もちろん断られるのは真夜にも分かっていた事なのだが、まさか即答されるとは思ってなかったので少し驚いた表情を浮かべている。
「相手がたっくんじゃ無ければ全力で従わせるところなんだけど……生憎と私の魔法はたっくんの魔法と相性が悪いからね。仕向けたとしても破られるのがオチだもんね」
そういって真夜は再び達也に甘え出す。話している最中も我慢していたのが達也には分かっていた。
「失礼いたします」
まるでタイミングを計っていたかのように――実際計っていたのだろうが――老練の執事が応接室に入ってきた。
「あら葉山さん。何かあったのかしら?」
口調こそ普段通りだが、今の真夜の格好は達也の膝の上で丸くなっている。とても威厳ある四葉家当主とは思えない格好だ。
もし入ってきた執事が青木だとしたら、達也を怒鳴りつけたのだろう。ご当主の御前で、そのご当主自ら達也に甘えているという事実を忘れて。
「お茶のお代わりをお持ちしました。達也殿も如何ですかな?」
「それよりも、叔母上をどうにかしてください」
「ほっほっほ、それは私には無理な事ですよ、達也殿」
愛しむような目を真夜に向け、完全に面白がっている事を隠そうともしない葉山に、達也はため息を零すのだった。
何となくですが、葉山さんもキャラ崩壊してるような気が……